6.これから
登志子おばさんがいない1週間、私は大学を自主休講して必死で部屋を探した。家賃、立地、治安。他にもこだわりたいポイントはいくつもあったけど、最優先なのは登志子おばさんの家を出ることだ。この3つに絞って何件も不動産を回った。
アキ、ユーマ、カケも一緒に探してくれたり、情報をくれたりした。頼もしくて、ありがたくて、全部終わったら焼肉に行こうと約束した。
4日目、ようやく希望に適う物件を見つけた。内覧をして、即入居を決めた。契約書を交わし、鍵をもらった時、それが夢に見た夜行列車に乗り込むためのチケットに見えた。それは青みがかった美しい流れ星の色をしていて、キラキラと静かに私を見ている。この鍵で、このチケットで、私はまた私の人生を進めていくんだと実感がわいて泣きそうになった。
動き始めれば、あとは勝手に流れができて、誰にも逆らうことができなくなる。走り出した電車が止まらないように、流れ出した水が止まらないように。
「荷造りしなきゃ」
次から次へとやるべきことが、私の足を動かしていく。あまりにも動くものだから、次第に足は速くなり、最後は走って見慣れた道を帰っていた。登志子おばさんに急き立てられて、仕方なく間に合わせるための走りじゃない。自分の後ろに道ができていくような、私の足が誰も知らない地面を駆けているような、明日へ希望が見えるような気がしていた。
荷物は少ないと思っていたのに、あれやこれやいらないものが増えていて、大量のごみが出た。あてがわれた部屋がひどく荒れていて、自分の生活を思わず振り返ってしまった。見ないようにする、というのは呪いだな、なんて考えながら。
6日目の午後、バンドメンバーに頼んで荷物を運び出した。なるべく早く終わらせてしまいたかった。予想していたよりも荷造りと掃除に時間がかかってしまって、自分の計画性のなさを少し悔いた。
それでも友人たちは嫌な顔一つせず、また手を貸してくれた。
「なんかこうして車に乗ってるとさ、俺らこれから全国ツアー行くみたいじゃね?」
「こんな段ボールだらけで、どこでライブするっていうんだよ」
「ツアー行くならこんなオンボロ車やだ~」
「え、ちょっと私はワクワクしたけど」
「だよな! オンボロなくらいがいいんじゃん」
「壊れたら誰も直せないぞ」
「そうだよ、スマホも通じない場所で壊れたりとかしたらどうするの?」
「アキは心配症だな~」
「みんなでいればなんとかなるよね~」
ちょっとした非日常だ。登志子おばさんの家から新居まで、たいした距離でもないのにおしゃべりは止まらなかった。
「この段ボールどこ?」
「それは洋服だからこっち」
「この段ボールは?」
「それは食器だから流しの方に置いて」
「結構良いところじゃん」
「ありがとう。みんなのおかげだよ」
「なんたって焼肉がかかってるからな!」
カケが目を輝かせて答えた。
思わずあははと声を上げて笑った。
「久しぶりにちゃんと笑ってるとこ見た」
「俺も」
「焼肉は万人を笑顔にさせるからな!」
言われて見れば、こんなにスッキリした気持ちで笑ったのはいつぶりだろう。
今まで当たり前に、普通にできていたことをすっかり忘れてしまっていた。想像以上に縛られていたんだなと実感した。
いや、縛られていたというか、自分で自分の首を差し出していたんだ。
「よっしゃー! これで全部か!」
「やっぱ男手がいるとラクだね」
「こき使いやがって」
「まぁまぁ焼肉が待ってるんだから怒りなさんな」
「みんな、ありがとう。約束通り焼肉おごるよ!」
「いえー!」
バタバタと玄関を出て行く友人たち。
ふと立ち止まり、部屋を見渡す。
新しい部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。冬の気配を含んだ、まっさらないい匂いだった。
6畳一間のワンルーム。これが私の新しい城。遠回りしてしまったけど、私には私の道があるって気がつけて良かった。
ここから私の生活を始めるんだ。
ひとりぐらし 燈 歩(alum) @kakutounorenkinjutushiR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます