5.1週間

 おばさんはあと1週間帰って来ない。


 この居候してからの数ヶ月、私は一体何をしてるんだろう。冷たいフローリングの床にそのまま横になって考えた。


 半年間という約束で住み始めた当初は、夢や希望や自由で溢れていたはず。それが今となっては、窮屈でめんどうくさくてがんじがらめにされている。


「はぁー……」


 誰にも届かない大きなため息が漏れていく。


 最初はラッキーだと思っていた。私を都会に駆り立てた本人の家に住めること、田舎のしがらみから縁遠い人と感性を同じく在れるのかなとワクワクしていた。これからの生活や自分の身に起きることに期待していたし、楽しいところしか見ていなかった。


 半年間という期間を目一杯使って、その自由を謳歌しようと思っていたんだ。あわよくば、このままこの家に住み続けられれば、家賃はかからないし、誰かがいるという安心感も手軽に手に入れられる。


 一石二鳥も三鳥も四鳥もあると、本気で考えていた。


 浅はかだったんだ。


 自分の甘さを思い知った。


「アンタ、意味、分かって言ってんの?」


 今になって母の言葉が、本当の意味で心に入ってくる。家族であっても、一緒に生活するというのは大変なことだ。機嫌が悪い日なんていっぱいあるし、親という存在に甘えて過ごしてしまうことだってたくさんあった。だけど、家族だから、許された。


 それが親戚とは言え、他人レベルの人間と共同生活を送ることの意味を、私は全く考えていなかった。


 登志子おばさんは優しい。良くも悪くも裏表のない人だ。だけれど、誰かと生活するのには全く向いていなかった。家事はまるでできないし、生活リズムもまるでなってない。どうしてこの人は生きていられるんだろう、と思うくらいに普通ではなかった。


 朝も夜も関係なく好きな時間に起きたり、眠ったりする。おなかが空けば、買い置きのカップラーメンや冷凍食品、出前をとって食べるだけ。掃除や洗濯なんかは、1週間に1度お手伝いさんがやってきて、綺麗にしてくれた。でもそれも、私が住み始めると来なくなって、いつの間にか私がやる羽目になった。


 自分で自分の機嫌を取れない人で、私を甘やかしたり、私に八つ当たりしたり、よくしていた。


 なのに友達は多くて、昼夜問わずどこかへ出かけていくことが多かった。あんな生活をしているのに、友達が多くて不思議だった。


 私だって人のことを言えた義理じゃないけど、そもそも相手に合わせると言うことがおばさんは一番苦手なのだ。


 それでも最初のうちは私に合わせているフリをしていたのだろう。まんまと騙された。


 子供の時に見たそれは、とても自由気ままで好き勝手に振る舞っているように映った。細かいことをとやかく言われて過ごさなくていい、だって大人なんだから。自分がやりたいと思ったことがすぐに行動に移せる、だって大人なんだから。自分のタイミングで自分の望むことができる、だって大人なんだから。


 実際のところ、それが許される人間なんているんだろうか。付き合わされる人間にはたまったもんじゃない。


 ホント、私は一体、何をやっているんだろう。


~♪~♪♪


 静かな部屋の中に、着信音が鳴り響いた。スマホを確認すると、ユーマから電話だった。


「もしもし」


「お、出たの珍し。あのさ、CDの中身、違うやつなんだけど」


「え、嘘。ごめん」


「明日来るだろ? その時持ってきてくれよ」


「うん……、わかった」


「……なんだ、元気ないな。今日はおばさんの誕生日パーティーじゃなかったのか」


「あー、うん、その予定だったんだけど。私のこと忘れて、友達と出掛けちゃったみたい」


「はぁ? なんだよそれ、振り回されてるなぁ」


「やっぱり、振り回されてるのかな」


「そうだろ、そうにしか見えないよ。お前ももっと好き勝手してていいんじゃねーの」


「うん……」


「ていうか、家見つかった? そろそろ出なきゃならないんじゃないのか?」


「あ……、そうだった」


「は? 忘れてたの?」


「忘れてたわけじゃないんだけど、やってなかったなって」


「居候生活なんて早くやめちまえよ」


「うん」


「らしくないな」


「私らしいってなんだろう」


「自由で、誰にも縛られなくて、好き勝手するやつ。…って自分で自分のこと、前にそう言ってたろ」


「そうだっけ」


「そうだよ」


「わかった。ありがとう」


「面と向かって言われると気持ち悪いな」


 なんだよそれ、と自然と笑えた。


「まだ何も解決してないけど、大丈夫になってきた」


「そうか。来月のライブ、楽しもうぜ」


 もちろん、と答えて電話を切った。


 そうだ、私は居候。この家に縛られている訳じゃない。自分の力でここから出て行けばいいんだ。最初からそういう話だった。


 居候だからってなんでもかんでも我慢して、登志子おばさんのめんどうを見ていたけど、私には私の人生があったんだ。


 私は登志子おばさんの召使じゃない。


 私は登志子おばさんにとって都合のいい人間じゃない。


 私は登志子おばさんの所有物じゃない。


 どうして忘れてしまっていたんだろう。


 ユーマからの電話に感謝した。登志子おばさんがいない1週間を有意義に使おう。


 ひんやりとして居心地のいい床から、私は起き上がった。

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