3.9月

『今日は何時頃帰って来れるの?』


 今日も登志子おばさんからメールが入った。


『学校が終わったら帰ります』


 それだけ打ってスマホの電源を切った。


 7月のライブのあと、打ち上げで散々飲んで騒いで、べろべろになった。その姿をおばさんに見られてから、こんなふうな関係に変化した気がする。


 家に居ても、「今日の予定は?」とか「明日は何するの?」とか私の予定を聞くことが増えていた。加えて「女の子はお料理できた方がいいわよ」だの、「お掃除は得意かしら?」だの言って、家事をさせられることも増えた。おばさん自身はまるでできないくせに、困ったものだ。


 確かにあの日は大失態だった。居候の分際で、迷惑をかけた自覚もある。だから申し訳なさで、大人しくおばさんの言うことを聞いて過ごしていた。


 私の行動を管理し、花嫁修業と称して家事をやらせることに、おばさんが情熱を燃やし始めたのはそのあたりだった。

今ではサークルにもほとんど顔を出せていない。ライブがしたい。みんなとおしゃべりしたい。思いっきりドラムを叩きたい。


 そうは思うものの、おばさんの話を聞かないのも違う気がする。どうにかして、おばさんを説得できないものかと考えるが、時々くれるご褒美に釣られてしまう自分が憎かった。


 洋服や、アクセサリー、食事など、自分では手の届かない金額のものだった。どれも私の趣味とは微妙にズレているのだけれど、有名店のものだったり限定品だったりした。同年代に対してほんの少しだけ優越感を味わえるのも魅力だった。


「アンタ、家は探してんの? もう半年よ」


 その日は珍しく母から電話がかかってきた。


「忙しくてなかなか探しに行けないんだよね」


「バカ言ってんじゃないわよ。いつまでもアンタがいたら、登志子さんも迷惑でしょう」


「んー。そうでもないよ、仲良くやってるし」


「そう思ってるのはアンタだけでしょう。お母さんからも登志子さんに言っておくから、さっさと家見つけて出なさい」


「はぁい」


 正直、そんな時間が捻出できるなら音楽がしたかった。一人でゆっくり本屋に行きたいし、カフェでくつろぎたかった。


 どこに行くにもおばさんはついて来た。まるで仲の良い友達親子のような雰囲気で、腕を組んだりして、キャッキャウフフと楽しそうにする。その姿を見ると、無碍に断るのも悪い気がして何も言えなかった。


「あなたのお母さんから、この前電話があったわよ」


「そうなんですか。なんか言ってました?」


「『長いことお世話になって申し訳ないわね。そろそろ家を出るように、登志子さんからも言ってくださいね』って言うから、『いつまでいても私は構わないわよ。とっても楽しいもの』って言っておいたわ」


「え、でも流石にいつまでもってわけには……」


「いいのよ。おうちを借りたら、お金がかかるでしょう? うちにいれば、家賃はかからないし、こうして一緒に出掛ければあなたもお金使わなくて済むし、私も誰かと一緒にいられるしで、とってもいいことじゃない」


「いや…、でも……」


「そんなことより、次はあのお店に行くわよ。あそこはオーナーがイタリアでデザインの勉強をしたらしいのだけれど……」


 そう言っては誤魔化されてしまう。私としても今更家を探すのもだるいし、実際おばさんといればお金がかからないので、ありがたかった。ちょっとの家事と、自分で選んだもの以外は趣味に合わないということに目をつぶれば、それでいいのだから。

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