Gooplex

 コースケは、格納庫内に置かれた古い42型ブラウン管テレビの電源をつけた。画面にはニュース番組が映し出され、アナウンサーが手元の原稿を読み上げている。


『……界各地で研究所や民間のテクノロジー企業を狙ったサイバー攻撃やスパイ行為が相次いで発生しています。昨日正午、欧州原子核研究機構の内部サーバーがサイバー攻撃を受けダウンしました。エクストラクターと呼ばれる集団の犯行だとみられています』


「またか、物騒な世の中だよな」

 パイプ椅子に腰掛けたレンが言った。近年、研究所や民間のテクノロジー企業を狙ったサイバー攻撃や窃盗事件が頻繁に発生していた。


『サトシ・シマモトという人物が首謀者ではないかと噂されていますが、その正体は謎に包まれています』


「サトシ・シマモト?」

 コースケが訊いた。


「ネットでは有名だよ」

 エリは言った。テーブルの上のラップトップをくるりと回してコースケに見せる。画面の検索結果には『「サトシ・シマモト」とは何者なのか?』『サトシ・シマモトはテロリスト!?』『エクストラクターとサトシ・シマモトの関係』『ISAとエクストラクターの黒い噂』などの見出しが並んでいた。


 アナウンサーに代わってコメンテーターが話す。

『流出した科学技術がブラックマーケットで取引されていると聞きますし、研究機関や企業はより一層セキュリティの強化が必要ですよね』


 コースケはラックを移動させて、見やすい位置にテレビを持っていく。テレビを支えるキャスター付きのラックはあちこちが錆びていて、キャスターを転がすとキーキーと耳に障るような音を立てた。


「何チャンだっけ?」

 レンはリモコンを操作して、チャンネルを順に切り替えていった。


『……気鋭のYourTuber、特技は梨の大食……』


「違う」

 エリが言った。


『……電遮断機つけてますか?』


「違う」


『……宙と繋がる。WinosOS:VISTA、間もなく発売』


「これ」


 短いCMが終わるとお目当ての番組が始まった。3人は興味津々でテレビの前を囲った。


『本日の中継は、なんと宇宙からお届けしています!私たちは今、地球の軌道上を飛行する宇宙機にいるのです。こちらGooplexCEOのビル・アドマイナーさんです』

 オーバーリアクションで話す女性リポーターの横には、黒いシャツに黒いジャケットの服装をした、いかにも実業家という雰囲気の男性が浮かんでいた。後ろに流された前髪は、整髪料で綺麗にまとめ上げられている。CEOは床のフックに足をかけると、カメラに向かって話し始めた。


『紹介ありがとうございます。CEOのビル・アドマイナーです』


『よろしくお願いします』


『これが我が社の誇る最新鋭の宇宙ステーション、Gooplexステーションです』

 アドマイナーが窓の外へ目をやると、カメラはアップで宇宙ステーションを映した。宇宙ステーションは、中央にある大きなモジュールを起点に様々な区画が接続された構造をしていた。その外観は、白をベースにした近未来的なデザインだったが、取り付けられた大きな太陽電池パネルには、過去に活躍していた国際宇宙ステーションの雰囲気が残っていた。


 アドマイナーは続ける。

『15年以上に渡り建設を続けてきましたが、やっと完成までこぎつけました』


『このステーションの特徴はなんでしょうか?』

 リポーターが質問した。


『最大の特徴は、これがスカイリンク衛星を統括するメインフレームだということです。この宇宙ステーションは、地球を取り囲む衛星をコントロールする司令塔の役割を果たし、全世界でよりスマートかつスムーズな高速インターネット通信が可能となります』


『では、従来の宇宙ステーションはどうなるのでしょうか?』


『ISA同様、ISSの役目はもう終わりました。現在はセーフモードで地球を周回していますが、年内にも廃棄される予定です。スペースデブリは早く捨ててしまったほうが宙域も空きますし、計画の前倒しも検討中です』


 プツンと音が鳴ってテレビの画面が真っ暗になった。


 レンは衝動的に画面を消すと、テーブルの上にリモコンを投げた。リモコンはテーブルの上をスルスルと滑り、反対側に座っていたエリの前で止まった。


「あー聞いてるだけでイライラしてくる。なんなのコイツ」

 苛立ちを隠せない様子でレンは言った。そして、足をテーブルの上に乗せる。


「確かに衛星もステーションも凄いけどさ、ISSをデブリ扱いは流石に言い過ぎだと思った」

 コースケは言った。


「だよなぁ!」

 レンは前のめりになった。


「社長はこういうものじゃないの、合理的じゃないとやってられない」

 エリは冷静だった。こう言われるとコースケもレンも返す言葉が見つからない。彼女は、身も蓋もないことをストレートに言う性格だった。


 エリはリモコンを手に取ると、もう一度画面のスイッチを入れた。


 画面には、真っ黒な宇宙空間を背景に、月と地球と太陽が直列に重なった映像が映し出された。地球の淵から頭を出した太陽は、地球を照らしながら画面上へとゆっくり昇っていく。同時にオーケストラが演奏する壮大な音楽が流れ、管楽器とティンパニが目立つ独特なメロディーは音量を増していった。そして、その旋律が最も盛り上がる絶妙な間合いで、『I am Gooplex , Transcend Googol』というキャッチコピーが先進的なサンセリフ体のフォントで表示される。Gooplexのコマーシャルだ。


「……」

 エリは無言でテレビの電源を切った。大袈裟な編集が気に障ったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る