承(1)

「ふうん、きれいな本」

 サエコがつぶやく。

「この家の人は本が好きだったのかな」

 スグルはそうたずねながら、本棚から一冊取り出した。

 ところが、サエコは今度は何も答えない。

 まったく気まぐれだ。



 目を移すと、部屋の前にきらきら光るものが落ちている。

 スグルは思わず駆け寄った。

「なんだろう」

 一瞬、大きな宝石に見えて、スグルはどきっとした。

 ダイヤ型の透明な玉だ。

 手前の部屋に吊ってあったシャンデリアから落ちたものらしい。

 すこしがっかりしながら、スグルは玉を拾い上げた。

 明るい方に透かして見る。

 部屋の入り口が二重、三重に見える。

 スグルは、だまってそのままガラス玉を布製の手さげバッグに入れた。

「あ、またそうやってものを盗るの」

 こういうことには反応するサエコに、スグルはときどきイラだつ。

「ここに探検に来たしるしとして、持って行くんだ」

 語気荒く答えて、そのまま隣の部屋に移った。



 天井が斜めに傾斜して、天窓から光が射している。

 部屋の中央には、プラスチックの大きな衣装箱が置かれている。

 閉じたままの水色のフタに手をかけると、プラスチックが古くなっていたのか、バリンと割れてしまった。



「見て。箱の中」

 サエコにうながされて、スグルはおそるおそるのぞきこんだ。

 いろいろな種類の絵筆が散乱し、その脇に水彩絵の具セットの紙箱。

 そして、何十枚もの黄ばんだスケッチが収められている。

 バラにスイセンにラン、どれも草花の絵だ。

「絵を描くのが趣味だったんだ、ここの人」

 サエコがつぶやく。

 スグルはうなずいて、立ち去ろうとした。

「待って、このままでいいの?」



 もうここには帰ってこないだろう。

 どこかへ引っ越していったのか、病院か介護施設に入ったのか、それとも、もう亡くなったか……。

 どっちにしても、放っておいていいはずだ。

 でも……。



「しかたないな」

 スグルは引き返して、こわれたフタを箱にのせた。

「これでいいだろ?」

 スグルはサエコに呼びかけた。

 また答えは返ってこない。

 ムッとして、そのまま部屋から出た。



 ふたたび、夏の太陽が直撃する線路まで戻ってきた。

 スグルはだっと駆けだした。

 手に入れたガラス玉を、早く宝箱に入れてしまおう。

 その想いばかりが頭の中を占めていた。



「さっきの絵、キレイだったね。センサイな感じっていうのかなあ」

 突然、サエコが話しかけてきた。

 全力で駆けているスグルに振り向く余裕はない。

 それでも、さっきの絵を思い出してつぶやいた。

「バラの絵が一番よかったかな」

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