承(2)

 いつしか線路の両側にあった街並みは途切れて、住宅地へと変わった。

 眼の前の空には、さっき見たよりさらに大きく育った入道雲が、まるで高山のようにそびえている。

 その背後に、白々としてまぶしい青空が広がる。

 左右の家々はひっそりと静まり返っている。

 庭には雑草が生い茂り、壁に蔦が絡みついて伸び放題になっている家も多い。

 静かな世界で、えんえんとミンミンゼミの声が響く。



「この辺も、すっかり誰もいなくなったね」

 サエコが話しかけてきた。

 続いて深いため息が聞こえた。

「ずいぶんといろんなことが起きたっけ……」

 サエコはときどき変なことを言う。

「……そうだねえ」

 しかたなく、投げやりにあいづちをうった。



 やがて、気づかないうちに、だんだん空のそこかしこに雲が広がって、陽がかげっていた。

 どこか遠くの方で、くぐもった雷鳴が聞こえた。

「降るのかな」

 ほどなく、ぼつぼつと大粒の雨が降りはじめた。



 灼けた砂利とレールが水滴を吸い、たまった熱が冷やされていく。

 雨足はみるみるうちに勢いを増す。

「雨宿り、雨宿り」

 それでもスグルはたのしげに走っていく。


 線路のずっと先に、小さな駅のプラットホームが見える。

 スグルは、レールとレールに挟まれたアーチ型のアルミ屋根の下に逃げ込んだ。



 こんな狭いプラットホームにも、以前は多くの人々があふれかえっていた。

でも、列島がまるごと台風にのみこまれて何週間も豪雨が続いたり、内湾にぽっかり巨大な海溝ができて大地震が起きたりと、大災害が幾度も幾度もあったせいで、人が徐々に減ってしまい、とっくに古くなっていた線路も架線も、再開できないほどにこわれてしまった。



 雨粒が屋根に当たって、大きな音を立てる。

 緩やかにカーブした柱の脇の雨どいから、水が勢いよくほとばしっている。

「もう少しかなあ」スグルはつぶやく。

 重い色をしたいくつもの雲が、風にあおられて形を変えながら、次から次へと足早に通り過ぎる。



 雨音が徐々に静まってきた。

 黒雲の中で稲光が輝き、雷がたてつづけに鳴り響く。

「そろそろあがるよ」

 サエコの声がする。スグルはプラットホームから勢いよく飛び降りて、空をふりあおいだ。



 雲の切れ間からさしてきた太陽の光はすでに傾いて、まもなく夕焼けへと移る兆しを見せている。

 吹き渡る風が、あたりの湿気を含んだ空気を飛ばす。

「よし、行くぞ」

 スグルは、水たまりが残る線路の砂利道を、しぶきをあげて走り出した。

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