数日後、全国駅伝大会の県予選会場に葵の姿があった。


 前日夜半から降り出した雨はつい先ほど止み、雲の切れ間から薄明はくめいの光線が地上に降り注いでいる。


 その一筋の光の中を、水色のユニフォームに身を包んだ葵が、スタートエリアに向かって歩いてゆく。



 走順は第一区。もっとも距離があり、勝敗の鍵を握るポジショニング。


 チームメイトの声援。


 監督の掛け声。


 そしてマネージャーが手にする、小さな写真立ての中にこぼれる笑顔。


 スターターが位置につく。



 一瞬の緊張。



 ピストルが鳴る。


 横一列、一斉に走り出す。


 込みあがる思い。


 湧き上がる情熱。


 葵は前へ走り出す。


 前へ、前へと走り出す。


 また空からパラパラと細かい雨が落ちてきた。


 陽光にきらめく雨粒が、世界全体に虹色の採光を放つ。

 


 葵がゆく。


 もう迷わない。


 もう立ち止まらない。


 風を感じる。


 前へ、前へと、葵を押し出す風、そしてすうっと空に向かって離れてゆく。


 大丈夫だ。


 もう僕は大丈夫だから。


 葵の目にこぼれる一抹の涙。


 一歩、一歩、また一歩。


 葵はかけてゆく。


 すでに目の前には誰の背中もない。


 葵はまだ見ぬ未来に向かって先陣を切りひらくように、虹色のアスファルトを颯爽と駆け抜けていった。



【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空に走る けんこや @kencoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ