第15話 災いの前兆

「お前が・・・勇者だと・・・?」


 突然のことで頭が回らない。

 目の前に勇者がいるのになんだろう、この気持ちは。

 そのモヤモヤの正体が全く分からなかった。


 「んで?その勇者様はなんで俺らを助けたんだ?」

 「ちょっと、剣二様」

 「いいんだ、嬢ちゃん。坊主にはしっかり教えてやるから」

 「俺とお前はそこまで年は離れていないと思うが?」


 茶髪の髪をポニーテイルにしているクツェル。

 外見年齢は剣二と変わりなく見える。

 だが、そんな情報だけじゃ人の本質まで見抜くことができない。

 この件に関しても例外だった。


 「あのな・・・坊主。俺は坊主より年上だからな?」

 「それじゃあ、年齢をいてみろ」

 「二十五。坊主は?」

 「・・・・二十」

 「ほら見ろ」


 げらげら笑うクツェル。


 「というか、お前は日本人じゃないのか?」


 クツェルはどう考えても日本人の名前ではない。


 「ん?ああ、俺はイタリア生まれのイタリア人だ」

 「この世界に異世界召喚される人種は決まってないということか」


 だが、問題なのは言語だ。

 クツェルの言語を理解でき、同時にクツェルの言語も理解できる。

 自動言語変換機能でもついているのだろう。

 そのおかげで、イタリア語を学ばなくても意思疎通ができる。


 「これは便利だな・・・」

 「何がだ?」

 「いや、何でもない。それより、なんで俺たちを助けてくれたんだ?」


 クツェルは全くの赤の他人を助けたのだ。

 それなりの理由があるはずだ。

 だが、クツェルの発言は右斜め上を行く。


 「俺が勇者だからかな?」


 決めポーズを取りながらそう言うクツェル。

 全く話にならん。

 せいぜい、その勇者の椅子に踏ん反り返っているといい。


 「話にならん。行くぞヒトリア」

 「あ、剣二様!」


 起き上がろうとする剣二を慌てて止めるクツェル。


 「ふざけて悪かった。悪かったから落ち着こう。な?」

 「はあー。俺にイタリアンジョークは通じないんだ」

 「イタリアンジョークってなんだ?」

 「なんでもない」


 アメリカンジョークは聞いたことがあるがイタリアンジョークは存在するのだろうか。

 元の世界に帰ったら調べてみよう。

 それに、クツェルは慌てて止めたんだ。

 それなりの話があるのだろう。

 その感は間違えていなかった。


 「実はな頼みがあるんだ」

 「頼み?」

 「ああ、さっきの熊いただろう?」

 「あのでかい熊のことだろ?」


 剣二に致命傷を与えた熊。

 忘れるはずがない。

 だが、倒した熊と何か関係あるのか?

 疑問に思う剣二にクツェルはこう綴った。


 「あの熊は、シンズ・ベアーと言ってな。七つの大罪に代表される生き物なんだよ」

 「七つの大罪に代表される生き物?」

 「そうだ、そしてその生き物が現れると、災いが起こるとされている」

 「それはつまり・・・」

 「ああ、近いうちに災いが来る」


 そんなこと、ヘカベルにいた時は何も知らされていなかった。

 いくら落ちこぼれでもそのぐらいの知識は教えておくべきだろう。

 自然と眉間にしわが寄る。


 「どうした?坊主。怖い顔して」

 「・・・何でもない。それより、災いって具体的にどんなことが起こるんだ?」

 「俺にもよくわからない。だが、災いを終わらせる方法は知っている」

 「どうするんだ?」

 「生贄になっている人を殺すんだとよ」

 「・・・は?」


 生贄になっている人を殺す?

 人を殺すのか?

 モンスターか何かを全て退けるのかと思っていた。

 剣二はもちろん人を切ったことはない。


 「それ以外の方法はないのか?」

 「伝承にそう書いてあったからな。それ以外は分からん」

 「そうか・・・ちなみに規模は?」

 「この世界全部だ。誰かしらがその生贄を殺せばすべてが終わる」


 ということは自分に降りかかる可能性は低いということだ。

 誰かが殺してくれるのなら、剣二はモンスターが出てくるのならそれを排除すればいい。

 「災い」での、剣二達の方針が決まった。


 「分かった。ありがとうクツェル」

 「良いってことよ。そこで頼みなんだが・・・」

 「できる範囲でならな」

 「それじゃあ・・・」


 クツェルは人差し指を剣二の胸に指さして、


 「俺の配下になれ」

 「・・・は?」


 この男、今配下になれと言ったか?

 あいにく俺は大所帯で行動するのは嫌いなんだ。


 剣二がその誘いを丁寧にお断りしようとすると、クツェルはその頭を深々と下げた。


 「今、兵士不足で困ってるんだ。だから頼む!」

 「なるほどな・・・それで俺らを助けたんだな?」


 これが助けた理由に他ならない。

 最初からこれが目的で助けたのだ。

 助ければ借りができる。

 それを利用して軍の強化を狙ったのだ。


 「最初からだったってことか・・・」

 「なんだ?」

 「なんでもない。手を貸してもいい」

 「本当か?」

 「ただし条件がある」

 「条件?」


 助けてもらったとはいえ、タダで軍に入ることはどう考えても釣り合わない。

 そう考えた剣二はクツェルに、ある提案をした。


 「期間を設ける。期間は災いを退けるまでの間だ。そこまでなら協力してやる」

 「わかった。それで頼む」

 「それでいいか?ヒトリア」

 「私は剣二様とずっと一緒です!どこへでもついて行きます!」

 「そうか」


  話はついた。

 「災い」が来ると分かればこうしてはいられない。


  「ヒトリア。とりあえず装備を買いに行くぞ」

  「はい、剣二様」

 「ちょっと待て坊主」


 急に呼び止めるクツェル。


 「大罪の生き物が出現する場所を的確に教えてくれる老婆が営む店があるんだ。場所を教えてやる」

 「どこにあるんだ?」

 「王城に行く主要道路があるだろう?その通りに防具屋があるから、その防具屋の裏っ側にある。よかったら次いでに寄ってみろ」

 「わかった」


 防具屋の情報と共に予知屋の情報を手に入れた剣二達は、さっそく防具屋へと向かって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る