第14話 勇者降臨

 突如として現れた森の主は、体長五メートルは超える大型熊だった。

 だが、ここは異世界だ。

 普通の熊じゃないことぐらい容易にわかる。

 そのスピードは体型の割には圧倒的だった。

 このままでは追いつかれてしまう。


 「ここはかなり狭い。ヒトリア!森を抜けられるまで走れるか?」

 「私なら大丈夫です!」

 「よし、このまま突っ走るぞ!」

 「はい!」


 熊は剣二達をきっちりマークしている。

 本来は慌てる所だが、今はこのままでいい。

 すると、視界の向こうに光が開かれていた。


 「もう少しで抜けるぞ!抜けたらすぐに剣を抜け!」

 「はい!」


 森を抜けると、剣二達は熊の方に振り返り、臨戦態勢を取った。

 作戦が見抜かれていたように、熊は右手を大きく挙げ、攻撃体制を既に取っていた。


 「ヒトリア!下がれ!」

 「はい!」


 ヒトリアを後退させ、刀を熊の右手を狙って素早く振った。


 グオオオオオオオ!!!!


 熊の右手は宙を舞い、ボトッと音を立てて落ちる。

 異世界とは言えど、血はもちろん出る。

 だが、血が怖いなどほざいてはいられない。

 やらなきゃ殺される。

 生き残るためには手段は選ばない。

 まあ、右手を落としたんだ。

 致命傷にはなっただろう。


 グオオオオオオオ!

「なんだこいつ!」

「右手が再生した!?」


 切り落としたはずの右手が生えている。

 こいつは再生能力を所有しているらしい。

 手強い相手なのは間違いなかった。


 「ヒトリア!ここからは二人でやるぞ!やれるな?」

 「はい!」


 サファイア・ミネラルの時は戦闘を嫌がってたのに。

 しかも今回は血が出るんだぞ?

 本来嫌がるはずなのだが、状況が状況だ。

 やらなきゃ殺されるとわかっているのだろう。


 グオオオオオオオ!!!


 またしても、右アーム攻撃。

 剣二がもう一度右手を吹き飛ばし、その一瞬の空白の時間を見逃さない。

 ヒトリアが熊の懐に潜り込むと、熊は左手の鋭い爪をヒトリアに向けた。

 だが、それも剣二が素早い剣捌きで切り落とす。


 「これで、とどめです!」

 グオオオ!!!


 その高い懐のど真ん中を貫く。

 だが、やつは倒れなかった。


 「ヒトリア!危ない!」

 グオオオオオオオ!


 ヒトリアを突き飛ばし、熊の攻撃を防御体制をとることなく、その鋭い爪で引き裂かれた。

 腕からは血が流れ出ていた。


 「剣二様!」

 「俺なら大丈夫だ!ヒトリア、お前は逃げろ!」

 「え、何でですか!」

 「こいつは危険だ!早く逃げろ!」

 「嫌です!剣二様を置いて逃げるなんて!」

 「このままだと二人とも死ぬぞ!」

 「嫌・・・・嫌ですよ・・・」


 ヒトリアは泣き崩れるが、彼女には逃げてもらわなきゃいけない。

 そもそも、剣二はよそ者でこの世界には存在しない人間なんだから。

 死んでも構わない。

 それでヒトリアが助かるなら、それが剣二にできる唯一のことだった。

 全ての部位を復活させた熊の攻撃は止まない。

 右手の攻撃と左手の攻撃を繰り返す。

 剣二の体は傷だらけだった。

 刀で攻撃しているが、熊の攻撃に追い付いていなかった。


 「剣二様!」

 「早く逃げろ!」

 「嫌・・・」

 「早く!」


 そして、最後の一撃が剣二に襲いかかる。

 その時だった。


 「そんな戦い方、全然スマートじゃないな」


 その声がした途端、熊は真っ二つに割れ、その間から見えたのは一人の男だった。

 その男がゆっくりと負傷している剣二に近づく。


 「大丈夫か?坊主」

 「あ、ああ。大丈夫だ」


 だが、熊の再生能力は消えはしない。

 真っ二つの身は修復され、元の形状に戻る。


 グオオオオオオオ!!!

 「ったく、しぶとい奴だな。おい!そこの嬢ちゃん!この坊主を頼む」

 「は、はい!」

 「お前何する気だ?あいつは再生能力を持っている!お前も逃げろ!」


 剣二の言葉を聞いた男は頭を掻きながら言った。


 「しょうがねえ坊主だなー。いいか?よく見ておけよ?これがシンズ・ベアーの倒し方だ!」


 男はある物を熊に投げつけた。

 すると、熊は全ての力が抜けたようにその場に重い音を立てて倒れた。


 「やったのか・・・?」

 「いや、まだだ。こいつは今眠っているだけだ。これからとどめを刺す」


 男は剣を突き立て、熊を串刺しにした。


 ゴオオオオオオオオ!


 地鳴りのようなその声と共に熊は消滅した。


 「凄い・・・あの熊を一瞬で・・・」

 「ああ、かなりのつわものだ」


 剣二を負傷させるぐらいの強さを誇る熊をこんな一瞬で。

 この男は何者なのか。

 倒し終えた謎の男は二人の元に近づく。


 「坊主、大丈夫か?」

 「ああ、頭がくらくらするが問題ない」

 「くらくらしてる時点で問題あるだろうが。まあそんなことはどうでもいい。とりあえずペランに来い」

 「ペラン?」

 「ここからすぐの所だ。俺が担ぐ。嬢ちゃんもついて来い」

 「は、はい」


 いきなり謎の男に担がれ、知りもしない所へ連れていかれる。

 そんな恐怖を感じる間もなく、剣二の意識はそこで切れた。


 次に目が覚めた時には、木の天井が見えた。


 「ここは・・・?」

 「剣二様!」


 声のする方へ顔を向けてみると、そこにヒトリアの姿があった。


 「よかった・・・」

 「なあヒトリア。ここはどこなんだ?」

 「この国はペラン王国、ヘカベルに次ぐ大国です。それより剣二様。気分の方は・・・?」

 「ああ、問題ない。それより俺は何でここに運び込まれたんだ?」

 「それは・・・」


 ヒトリアがそう言いかけた途端、男の声が割り込んできた。


 「坊主が血をダラダラ流してたからじゃねーか」

 「あ、あんたは・・・」


 自身の命を救ってくれた男。

 名前すらまだ知らない。


 「あ、この度は助けてくれてありがとうございました」

 「ああ、この借りはきっちり返してもらうからな?」

 「助けろとお願いした覚えはないのだが?」

 「剣二様!」

 「ったく、可愛くねー坊主だな」

 「当然だ。俺は坊主じゃないからな」

 「どう見たって坊主だ」


 二人が言い争っている中、ヒトリアが男に、


 「あ、あの。お名前の方を伺ってもよろしいですか?」

 「名乗ってなかったか?」

 「あ、はい・・・」

 「そのせいか、坊主がこんな生意気な態度をとるのは」

 「は?」


 そして、男は名乗った。


 「俺の名前はクツェル。エストックソードの装備クラスを持つ勇者だ」

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