&α 番外編 プリンセス、いろいろと知る

「姫殿ぉ」


「執相。おひさしぶり」


「会いたかった。会いたかったです」


「この漫画」


「あっ」


「私について描いてあるけど」


「あ、ああその、えっと、いやあ、描きたかったので」


「そうなの?」


「戯画と歴史にどっぷり浸かりたくて。すいません。弁明のしようもありません」


「まあいいけど」


「姫殿ぉ」


「執相。太った?」


「あ、わかります?」


「痩せるべきよ。前みたいに。もう中年なのだから」


「連載仕事が楽しすぎて、運動を怠っておりました。今日はもう夜なので、明日から走ることとします」


「よろしい」


「あ、ヒノウ殿。放置してもうしわけない。どうぞこちらへ」


「執相って、そういうキャラだったのですね」


「それはもう。姫殿だいすきおじさんですよもう。我が嫁。手は空いているか」


「空いておらぬ。あなたさまのトーンとベタが雑すぎるゆえに」


「すまぬ」


「茶は戸棚の一番上。茶菓子は私のデスクの一番下。姫殿、もうしわけありませんね。夫の雑な戯画を手直しせねばならず」


「いつもどおりだな、ふたりとも」


「ええと、戸棚の」


「一番上。茶菓子は私のデスクの下」


「あったあった」


「私がやりましょうか?」


「いやいやいや。姫殿の夫殿になられるお方には」


「いや、まだその」


「無理ですぞ」


「えっ」


「姫殿は果断なので。一度ロックオンされたら、終わりですぞ。弾幕ゲーのミサイルばりに予測可能回避不可能ですぞ」


「執相が知らぬ言葉を連打している。たのしそうだな」


「ええ。我が夫ながら、ここに来てからもうずっとあんな感じですわ」


「お茶ですぞおおお」


「茶菓子は」


「我が嫁のデスクの一番下っ」


「テンション高いなあ」


「あなたの前では、こうではなかったの?」


「厳かで寡黙な執相とばかり」


「いやはや。もうしわけない。執相だったときの癖でつい」


「あら。お茶。おいしいわね」


「日本茶でございます」


「日本茶」


「姫殿。なんなりとお聞きください。知る限りのことを、お話いたします」


「アポネスとここの関係から。まず、私はどれぐらいここにいられて、いつ戻らねばならないの?」


「いつまでもここにいられて、好きなときに帰れます」


「ずいぶんと都合のよい話だが」


「その通り。都合のよい話です。もともとアポネスとここ、日本というのですが、アポネスと日本はコインの裏表のように繋がっておりまして」


「わたしは、出たほうがよいですか?」


「いやいや。ヒノウ殿も聞いていってくだされ」


「わかりました。ここに座らせていただきます」


「ふたつの世界を行き来するには、ひとつだけ、ルールがあります。このルールが厄介でして」


「ルール。どのような」


「ここにいたくないと強く願うこと。それだけです。日本にいたくないと強く思う者がアポネスに飛ばされ、逆にアポネスにいたくないと強く願うものが日本に飛んできます」


「なぜ?」


「おそらく、日本という国が開発した一種の自殺防止隔離政策だったようなのですが、詳しいことは分からずじまいです」


「なぜ。その政策を決めたものに訊けば」


「政策を作ったものが、ことごとくアポネスに飛んじゃったようで」


「ああ。みんないたくなかったのね。日本に」


「ええ。というわけで、政策を作った者達はきっと今頃、アポネス側の大陸あたりでのんびり暮らしていることでしょう。こちらと違い、アポネスの平民は気楽ですから」


「そうですか。どれぐらいの人数が移動しているか、分かりますか?」


「非常に少ないです。知る限りでは、私、我が嫁、ヒノウ殿、姫殿の四人のみです」


「少ないですね」


「それほど、アポネスにいたくないと強く願う者が少ないということでしょう。アポネスには理不尽が少ない、というかほぼ無いですし」


「日本には、理不尽が多いのか?」


「ここにいるものには理不尽が多いとのことです。私はここの暮らしで理不尽を感じたことなどないのですが、それはまあ、アポネス側で不遇だった反動かも」


「こんなに便利なのに」


「ね。不思議なことです。巷では、アポネスへの移動を橋渡しする読み物が流行っているのですよ。見てくだされ。これ」


「異世界転生?」


「死んで生き返ると、別な世界に飛ばされるというようなものです」


「ばかなことを」


「ええまあ、死んでも生き返ることはまずないんですが、たぶん、これを読んで日本から出たいと強く願うと、アポネスに飛んでいくんじゃないでしょうか」


「一種の転生なわけか」


「ええまあ。と、こんな感じでよろしいか姫殿」


「満足した。次の質問」


「なんなりと」


「アポネスと日本。何か、近いものでもあったのか?」


「と申されますと」


「いや、世界がふたつと言ったが、そんなに世界が簡単に繋がるとは思えない」


「そうですね。アポネス側はアポネスしか国ありませんし」


「いや、普通のことだろう。国はひとつに決まっている」


「それが違うんですなあ」


「なにっ」


「日本というのはですね。ええと」


「地図ですね」


「ヒノウ殿。ありがたいです。このスマホ、あ、スマホ分かりますか。すまほ」


「よく分からぬが、便利だというのはわかる」


「さすが姫殿。それで充分でございます。これがこの世界の地図ですが」


「変わらんな。アポネスと。大陸の位置も同じだ」


「そうです。アポネスと日本の位置も同じです」


「うむ」


「しかし、この世界は、大陸がですね。いろんな国が分かれておりまして」


「あれ。これは」


「ヨーロッパ、という地方の国です」


「アポネスに似た街並みだが」


「これも、国が異なっているゆえです。多くの国、多くの文化がこちらの世界にはあります」


「執相の好きそうな世界だこと」


「ええ。ほんとうに。日本だいすきですほんとに」


「で、国がたくさんあるのは分かった。それと、アポネスとどんな関係がある。なぜ、日本とアポネスが近い理由になるのだ」


「ご説明いたします。まずは、質問をふたつ。よろしいですか?」


「許す」


「姫殿のお父上の、お名前をお教えください」


「ミッツ・ザーヌ103世」


「ありがとうございます。では次。姫殿のお名前を」


「プリンシア エイス。あえて言うからには、これが何か関係しているということか」


「さすが姫殿するどい」


「ヒノウ殿。疲れてきたでしょう。こちらでトーンとベタ貼りなど、いかがですか?」


「ありがとうございます。正直、ついていけません。いつもああなのですか?」


「はい。我が夫とエイス殿は、まるで歳の離れた兄弟のような間柄でして。ああなると数時間は話しっぱなしです」


「とても、その、驚きました」


「じきに慣れますよ。私もそうでしたから。おりゃっ」


「えっ、ちょっ」


「我が嫁。ありがとう」


「ね。こうやって茶菓子を投げつけても、ちゃんと受け取ってくれます。あなたと姫様も、こうなれますよ」


「あったあった。この画面をご覧ください」


「誰だ。これは。見たことない」


「菅原道真公といいます。今から約1200年前のご仁です」


「知らんな。歴史は習ったはずだが」


「このお方。歴史のちょうど分岐点でして。当時の日本は内乱の影響もあり、この菅原道真公は国外への大使派遣という形で外国に送られそうになります」


「ほう。それはなんと不憫な」


「しかし、日本では、菅原道真公はなんとか大使派遣を免れます」


「それはよかった」


「よくないのです。そこから敵対する貴族にあれよあれよと実権を奪われ、最終的には没落してしまうのです」


「それは残念だ」


「話を戻します。もし、菅原道真公が、あことき大使派遣で外国へ行っていたら」


「なに?」


「もし、外国で道真公が才をいかんなく発揮し、日本の実権を握ったら」


「話が見えてこないな。聞くべきか?」


「もうそろそろ。見えてくるはずです。道真公がこの東の果て、日本の頂点になり、天皇家と懇意になり、王家となる。他の国を平定し、ひとつの世界ができあがる」


「まさか、ミッツ・ザーヌとは」


「道真。時と共に呼称がやんわり変化して、ミッツ・ザーヌです」


「ではプリンシア エイスのエイスは、彼の家名の菅原の、そうか。頭文字か。エス。それが訛ってエイスか」


「きゃああ。さすが姫殿。素晴らしく聡明でございます。アポネスという名も、おそらくは中国語読みから来たズィーヴェンという発音形態と異なり、早い年代で平定されたために統一され濁音が取れたものと推測されます」


「そうなのか。ちなみに日本の別な読みはあるのか」


「ジャパンでございます。こちらは諸説ありますが」


「すべて聞きたい。聞かせよ」


「それはもうよろこんで」




「もりあがってますね」


「楽しそうでなによりですよ。投げてみますか、茶菓子」


「ぜひ」


「こう、まっすぐ。強い意志で。狙うのです」


「えいっ」

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プリンシア エイス 春嵐 @aiot3110

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