仮の宿

 町長の家の近くにある空き家にアデラはあてがわれた。


 カースとカースの幼馴染というラーナという女の子が、アデラが住めるように掃除や日曜大工などをしてくれる。


 アデラとシロは黙って様子を見ている。


 半日かかってようやくアデラのための家は人が住めるようになった。


 既に夜になっていたが、まずは、入浴から済ませたかった。アデラは脱衣所に行くと裸になり、浴室に入る。


 アデラの神々しい裸体がシロの目に飛び込んでくる。


 「アデラ様は本当に美しい」


 「そんなことを言ってもなにも出ないぞ」


 「私が魔人であったら、やはりアデラ様を妻にしたいと思ったでしょう」


 「そんな目で見るな、恥ずかしくなるではないか」


 「あ、はい」


 「まあ、よい、シロは私が生まれた時からの相棒だ、今更恥ずかしいなどと言うこともないぞ」


 「ありがたいお言葉です」


 「ちょっと背中を洗ってくれ」


 「かしこまりました」そう言ってアデラの玉のような肌を後ろからこする。


 「シロくすぐったいぞ、もしかしてわざとやっているのか?」


 「いえいえ、そのようなことは」


 「や、ちょっと、だめ、だって」


 「このあたりがよろしいので?」


 「だめ、ねえ、そこはほんとに、力が出なくなっちゃうから」


 「アデラ様は幼い頃から、ここが良かったですよね」


 「も、もう、シロ、なんでも知っているんだから、ずるい、ね、もう、いいから、ね、やめて」


 「もう少し、でございますね」


 「あ、うん、あ、あは、だめえ」


 

 アデラが赤い顔をして風呂から出てくると、ナーラが夕食を作っていてくれた。


 出されたのは野菜のスープと黒パンだった。


 アデラは本当に美味しそうにスープとパンを食べた。


 食事の間もカースは緊張を解かずに傍に立っていた。


 「カースは何を緊張しているのだ」


 「任務ですので」


 「私をもてなすのが任務なのか監視するのが任務なのか」


 「もてなすほうであります」


 「それならば、もう少し楽にすれば良いだろう」


 「俺は亜人というものを知りません」


 「怖いのか?」


 「正直、怖くもあります」


 「カースの幼馴染という、この小娘を私が食べるとでも?」


 「いえ、そこまでは」


 「そういう亜人もいるぞ」


 「そうなのですか?」


 「人、それも少女ばかりを食べる亜人もいる、それも生きたままだ、なるべく致命傷を与えないようにして食べるようなやつがいるな」


 「そんなことが・・・」


 「許せないか?」


 「はい」


 「しかし、それが現実だ、魔人も亜人も人は同等の生き物とは思っていない、人から見た牛や馬と同じだ」


 「ですが・・・」


 「まあ、私はそんな趣味はないから安心しろ」


 「はい」


 「私の母が人だったが、優しい人でな、私は結局人肉も食べることができなかった」


 「そうなんですか」


 「ああ、カースやその小娘に対しても、少しは何か感じるところはある」


 「そうなんですね、良かった、俺、もう少しぶっちゃけてもいいですか?」


 「いいぞ、そもそもカースのほうが私より年上だろう」


 「あ、そうなのかな?俺は16歳、ラーナは14歳です」


 「私は15歳だ」


 「そうなんだ?姫様ってもっと怖い亜人かと思っていた」


 「どうかな?私は何も役割を与えられずに育ったからな、そこにいるシロだけが友だったのだ」


 シロは猫のふりをして、なにも喋らなかった。


 「その小娘はなぜしゃべらない?私が怖いのか?」


 「ラーナはしゃべれないのです、ある事件がきっかけで言葉を失いました」


 「事件?」


 「はい」


 「まあ、いい、おおよそ魔人にか、よくあることだ」


 「その時、ラーナはまだ10歳でした、魔人にもてあそばれて、町の外の草むらに捨てられていました、見つけたのも俺です」


 「魔人が憎いのか」


 「当然です」


 「私のことはどう思うのだ?」


 「アデラ様のことは分かりません、ただ、町長とナギの命令は絶対です」


 「私はここが少し気に入った、少しはカースにも世話になるぞ、その小娘もな」


 「はい、俺はアデラ様がこの町の味方になってくれたらと思います、今まで見たどんな魔人や亜人より強いオーラを感じます」


 「私が人間の味方?面白いことを言うな、カース」


 「アデラ様の美しさはお母さまから譲り受けたものだと思います、アデラ様のような美しい方もまた初めて見ます、敵になって欲しくありません」


 「嬉しい言葉だな、そんな風に声に出されて言われたのは初めてだ、心が、なんていうのだろうな、言葉にするのに難しい感情が湧いてくるぞ」


 「俺は魔法の素養がない、だから剣士となった、でも、剣士がその剣で魔人を10匹狩れば、その剣は魔剣になると言われている、だから魔剣士になる、それが俺の夢です」


 「魔剣士か、この数百年でその称号を得た者は3人もいないと言われているな」


 「でも、この町にはワンサウザントマスターがいる、歴史を塗り替えた男」


 「たしかにな、あやつ、魔人でも亜人でもないが、およそ人とも思えないな、お父様と同じ威圧感を感じるが」


 「魔王と同じ・・・か、ナギ、飛んでもない人なんだな」


 「しかし、力があれば争いを呼ぶ、私がここにいることもまた、同じようなことだ」


 「でも、アデラ様はどこにも行く当てがないんでしょう?」


 「都にはいられないからな、たしかにそうだが」


 「じゃあ、ここにいなよ、それに、初めて会った時に思ったんだ、俺に剣を教えてくれるんじゃないかって」


 「剣か、私は正式に学んだことはないが、カースは伸びるな、多分、強くなる」


 「教えて欲しい、魔剣士になるために、他に教わる人もいないんだ」


 「ああ、そうだな、私にも役割があるとしたら、ちょっとだけ嬉しいぞ」


 「うん、アデラ様はただの置物じゃないよ、もし良かったら、この町で人として生きていきなよ」


 「ヒト?人か・・・」


 「うん、人だよ、アデラ様」


 「考えておこう、今日はカースも小娘も家に帰るが良い、私も寝るぞ」


 「はい、明日は朝から、また2人で来ます」


 「分かった」


 「では、失礼します、ほら、ラーナもお辞儀して」


 カースに合わせてラーナもお辞儀をする。


 2人は仲良く出て行った。



 2人が出て行くとシロが話しかけてきた。


 「よろしいのですか?アデラ様」


 「何がだ?」


 「人間と仲良くしすぎなのでは?」


 「いらぬお世話だ、シロは私に従えばよい」


 「今、都に帰れば、魔王様も許してくれますぞ」


 「お父様と結婚なんて絶対に嫌だ、それは、もう絶対なの」


 「アデラ様」


 「もう寝る、結界張っておいてね」


 アデラが横になるとシロの体が光り、氷魔法の結界が張られる。

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