反攻

修行

 朝になるとカースとラーナが2人そろって家を訪ねてきた。


 玄関をノックしても反応がない。まさか出て行ったのか?そう思い中に入ると。


 アデラは熟睡していた。


 結界が張ってあるため、近づくこともできない。


 しょうがないから、2人で椅子を出して座っていた。


 ようやくお昼過ぎになった頃、アデラは目を覚ました。


 大きく伸びをする。


 そのしぐさを見るだけで、たいていの男は恋に落ちてしまうようなものだった。


 「おはようございます、アデラ様」


 「ああ、おはよう、カースと小娘か」


 ラーナもペコリとお辞儀をする。


 「ラーナが朝食を作ります、その間に俺に稽古をつけてくれませんか?」


 「ああ、そうだな、それくらいはしよう」


 2人で庭に出る。


 カースは2人分の木刀を持ってきたが、アデラはどちらもいらないといい、真剣で打ち込んで来いと言い放った。


 「私は素手で良い」


 アデラの体裁きを見ているカースはそれを承知して、剣を正面に構える。


 魔剣士になる、ただ、それだけ、強く思った。それは、ラーナのためであり、この理不尽な世界を覆すためであった。


 必死の気合とともに、突きを放つ。魔人ですら倒すかに思えた必殺の一撃。


 しかし、軽く体をひねられ、剣は宙を突いた。バランスが崩れたところに足払いをくらい体が吹っ飛ぶ。


 ただ、カースも飛ばされながら受け身を取って、転がりながらすぐに立ち上がる。


 そこから、踏み込み横に薙ぎ払う。


 アデラはそれをバックステップで避けると、回し蹴りを入れる。


 見事に蹴りを腹に受けて、今度はカースは吹き飛んだ。


 大の字になりながら、ようやく息をする。


 「強いな」言って涙が出てくる。


 「どうした?」


 「俺、この町では一番の剣士なんだ、年上のやつにも負けたことない、けどさ、アデラ様の強さは、全然格が違う」


 「もし、人のほうが勝っているところがあるとすれば、努力をするところだ、魔人には負けて悔し涙を流す者はいない」


 「そうかな、俺、いつかアデラ様に勝って見せる」


 「そうか、それでは立ち上がって、かかってこい」


 カースは腹を抑えながらも立ち上がった。


 その後みっちり二時間、稽古は続いた。



 稽古が終わると美味しそうなシチューが準備されていた。


 この町では、一年に一回食べられるかどうかの御馳走だ。


 カースは、あまりにも久しぶりに見たシチューに声を失った。


 「どうやら御馳走らしいな、私が客人として認められたということか」

 

 「アデラ様、どうか、ラーナに食べさせてやってくれないか、俺はいいから」


 「3人で食べよう、私は果物だけで生きてきたようなものだから、肉はあまり食べない」


 ラーナがよそってくれて3人分のシチューが食卓に並ぶ。


 シチューには鶏肉が入っていた、鶏肉を食べるのは何か月ぶりだろうと思いながら、よく味わって食べた。


世界にこんな美味しいものがあるのかというほどの美味しさだった。


 さっきまで稽古でへとへとだったカースはかなり元気になった。


 ラーナはにこにこしながら、その様子を見て、自分はほんの少しだけシチューを口にする。


 「小娘が笑うところは初めて見たな」


 言われてラーナがびくっとする。


 「おい、小娘、そんなに怯えるな」


 ラーナは困ったような顔をする。


 「小娘ももっと食べろ、大人の女性らしくならんとカースだって他へ行ってしまうぞ」


 そう言われて、ラーナは顔を真っ赤にした。


 「分かりやすいな、小娘」


 「アデラ様、あまりからかわないでください」


 「いや、小娘がかわいくてな」


 「だってよ、ラーナ嬉しいか?」


 コクコクと小さく頷く。



 食事が終わると、カースは庭に出て素振りを始めた。


 体が温まると、突き、払い、連撃と徐々にペースアップしていく。


 それを見ていたアデラが、すっと石を投げる。


 カースはそれを避けてから、払いを入れる。


 アデラは、速いタイミングで2個、3個と投げてくる。


 それも全てかわす。


 段々と投げてくる石の量と速度が増してくる。


 カースは避けきれなくなって、剣で弾く。


 徐々に体に命中してくるようになって、あちこちにあざができ、出血してもカースは音を上げない。


 1時間ほど経った時に、アデラが石を投げるのをやめた。


 カースの前に立ち、身構える。


 カースも上段に構える。


 先に動いたのはカースだった。


 上段切りから、中段切り、突きの3連撃。


 アデラは全ての軌道を読んでいたのかのように、美しく舞う。


 そして、カウンターの蹴りが決まった。


 カースはまともに蹴りを受けて倒れ動くことも出来なかった。



 夜遅く、カースの目が覚めるとラーナの膝枕だった。


 「う、いてて」体のあちこちが痛い。


 ラーナが心配そうに覗き込む。


 「あ、大丈夫・・じゃないか」体を起こそうとしたが、なかなか起き上がれなかった。


 ラーナが首を振って、無理はしちゃだめと伝えてくる。


 「ああ、そうだな、もう少しこうしているか」


 カースは起き上がるのを諦め、目を閉じた。


 そこにアデラの命令があったのだろう、シロが寄ってきて、回復魔法をかけてくれる、カースの体が仄かに光り、あちこちの傷が癒えていく。


 2人はその日はそのままアデラの家に泊まることになった。



 アデラの修行は厳しかったが、カースに大怪我をさせないような配慮は感じられた。それに、無限ともいえる体力で、どこまでも付き合ってくれた。


 アデラは起きるのが昼過ぎなので、カースはそれまでは剣の素振りと連撃の練習をする。


 アデラが起きてからは組手となる。


 食事休憩などをはさんで、夜からは投石のトレーニングがあり、最後にまた組手。


 雨が降っていても、風が強いような日でも、アデラは付き合ってくれたしカースはどんなに怪我をしても休むこともなかった。


 そんな日々が半年続いた。カースもラーナもほとんど家に帰ることはなかった。


 町の人からは、カースとラーナは亜人に憑りつかれたなどという噂まで立った。

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