第11話 挑戦

 ━━━文久三年四月二十一日


 連日、京都は春らしい陽気に恵まれていた。

 私たちがこの、江戸時代末期にタイムスリップしてから、二カ月が過ぎ去ろうとしている。最初は絶望や不安のほうが大きかったのだけれど、何となくこの時代の、古き良き日本の文化を楽しめるようになっていた。

 そんななか、いつものように藍で接客していた時のこと。買い出しに行っていた由太郎さんが、開口一番に少し慌てた口調で言った。

「壬生浪士組が、揃いの羽織でぞろぞろ歩いとったで」

「え?!」

 由太郎さんは水を飲んで一息つくと、私とお凛さんに話してくれた。

 二条城近辺を通りかかった時、近藤さんたちが忠臣蔵のようなだんだら模様の羽織を着て歩いていたらしい。

「また将軍様の警護でもすることになったんやろうけど、浅葱色あさぎいろの羽織とは。ある意味、大したもんやで」

 その意味を尋ねたところ、数名が纏っていただんだら羽織の色に意味があるのだという。

「浅葱色ゆうんは、武士が切腹の際に用いた裃の色やからね。そんだけ、覚悟を決めたゆうことやろうけど、だんだら模様は好かん」

 そう言うと、由太郎さんは呆れたように微笑んだ。

 あれから、藍は壬生浪士組から贔屓にされるようになったことで、ある程度の情報を耳にすることになったのだけれど、私が知り得る限りの史実が確かならば、大阪へ下る家茂公の警護をする為に近藤さんたちも同行したのかもしれない。


(と、いうことは、芹沢さんと近藤さんが局長となって、本格的に長州を敵に回し始めた頃だろうか。同時に、隊士募集も掛けられたはず)


 店にやって来るお客さんからは、壬生浪士組の良くない噂ばかり耳にするのだけれど、京都は彼らの偉業によって守られることになるはずなのだ。



 その夜。

 就寝前に、また土方さんから集合が掛けられた。

 声を潜めながら語るその内容は、壬生浪士組が浪士を募集し始めたとのことで、明日にでも沖田さんと共に八木邸へ向かうというものだった。

 枡屋さんの通っている道場にも浪士募集の書状が届いたらしく、土方さんは枡屋さんからその情報を聞いたという。

「枡屋にも声をかけたんだが、即断られた」

「で、でしょうね……」

 私は、行燈を見つめながら瞳を細める土方さんに苦笑した。


(枡屋さんが、会津藩の味方となる壬生浪士組に属するはずがないよね。)


 この日が来るのを覚悟していたのだけれど、やっぱり、お二人と離れて暮らさなければならないことに対しての、寂しさと不安は否めない。

「京香さん、大丈夫ですか?」

 うつむき加減だった視線を上げると、沖田さんの、少し心配したような顔がそこにあった。心のどこかで抱いている不安が顔に出てしまっていたのだろう。沖田さんは、そんな私の想いを誰よりも察してくれる人だから。

 でも、いつまでもお二人に頼ってばかりもいられない。

「大丈夫だって、思うようにしています。ここまで来たら、後には引けないって思ってますから……」

 それも本音だった。入隊したら、お二人には厳しい稽古と命懸けの任務が待っている。だから、私もお二人の足手まといにならないようにと、心に決めていた。



 翌朝。

 朝食を終えた後、私達は三人揃って枡屋さんの部屋を訪ねた。土方さんが、例の話を切り出した時から話し終わるまでの間、枡屋さんは顔色一つ変えずに黙って聞いてくれている。

「京香はんのことは、わてに任せて、あんさんらは、己の道を行かはったらええ」

「そう言って貰えると助かる。それと、俺が今まで言って来たことを、頭の片隅にでも置いておいてくれ。必ず、あんたの役に立つはずだ」

 土方さんの横顔が、とても凛々しく見える。枡屋さんは、そんな土方さんの、真剣な眼差しを受け止めると、ふっと諦めのような小さな溜息を零し、ぎこちなく微笑んだ。

「……承知しました」

 こうして、とりあえず枡屋さんとの話し合いを終えた土方さんと沖田さんは、その足で八木邸へと向かった。

 その、去りゆく背中を見送りながら、私は近藤さん達と共に羽織を纏い、勇敢に戦うお二人を思い描いた。同時に、新たなる挑戦の中で、自分に何が出来るのかを考えていた。


 *

 *

 *

 

 * 慎一郎 side *


 ──八木邸


 僕と土方さんが壬生屯所に辿り着いた時にはもう、数名の浪士が面接を受けていた。奥へと向かう彼らを見送って、門先に設置された文机の前に佇んだままの、井上源三郎さんの指示により記載などを終えた。すると、少し離れた場所から威勢の良い声が聞こえてきて、思わず、土方さんと共に奥を見遣った。

 ここからは何も見えないけれど、その声からして剣術の腕を試されているのだろう。案の定、井上さんからこの後、立ち合いがあるとの説明を受ける。動機については、彼らと全く同じであると伝え、土方さんと共に天然理心流を学んで来たことも告げると、井上さんは少し嬉しそうに笑った。

「それは心強い。この後の立ち合いで存分に腕を振るって下さい」

「はい!」

 黙って頷く土方さんと共に元気よく答えると、井上さんは文机を軽く叩き「そうか」と、呟いた。

「いつだったか、壬生寺でお会いしたことがありましたね」

 どこかで会ったことがあると、思っていたんですよ。と、はにかむ井上さんに、僕は苦笑を返した。その時、奥から山南敬助さんがやって来て、すぐに庭先へと案内された。

 土方さんはどうか分からないけれど、まるで絶対に落とせない面接をしなければならなくなったような緊張感に駆られ始める。

 辿り着いた庭に居たのは、浪士らしき長身な男性だった。漆黒のような長い後ろ髪。左右に垂れ下った前髪をかき上げる仕草も、伏し目がちな眼差しも、大人っぽくどこか妖艶な印象を受けた。

「では、斎藤さん。またお願いします」

 山南さんが、その男性を見ながら言った。


(と、言うことは、あの人が斎藤一)


「俺からいく」と、言って土方さんは、竹刀立てから一本引き抜き、構え直す斎藤さんの前へと歩み出る。

「遠慮なくどうぞ」

 土方さんの一声に、斎藤さんは無言のまま柄の部分を握り直した。

 斎藤一と言えば、『無敵の剣』として有名だったはず。それだけ、剣術に長けていたということなのだろうが、そんな斉藤さんに、土方さんは余裕な顔で挑発すらしているように感じる。

 何か策があるのだろうか。山南さんと共に二人を見守る中、短くも長い沈黙が流れた。次の瞬間、素早く横に振り切った斎藤さんの剣先が、咄嗟に避けた土方さんの前髪を掠めた。


(速い……)


 両者睨み合ったまま、じりじりと間合いを置きながら隙を窺っている。と、次の瞬間、土方さんの一振りが、斎藤さんの面寸前で止まった。

「それまで!」

 と、山南さんの声がしてふと、我に返る。

「土方さん、でしたね。是非、我らに力を貸して下さい」

「よろしくお願い致します」

 少し驚いたような顔で微笑んでいる山南さんに、土方さんは竹刀を預け、丁寧に挨拶を返した。次いで、自分も同様に斎藤さんと向き合った。途端、あの涼やかな声に遮られる。

「ちょっと待って下さい。その方の相手は私が」

 いつからそこにいたのか、沖田総司さんが縁側に佇んでいた。次いで、その場に腰かけながら素早く草履を履くと、沖田さんはゆっくりと山南さんに歩み寄っていく。

「斎藤さんばかり大変でしょうし。ちょうど退屈していたので」

 戸惑う僕の目前、沖田さんは斎藤さんから竹刀を受け取ると、場所を譲り受け、こちらを見ながら楽しそうに笑った。

「さ、いつでもどうぞ」

「では、参ります」

 横目でちらりと土方さんを見る。次いで、こちらに一つ頷いたのを切っ掛けに、僕は沖田さんに向き直り、いつも通り構える。同様に相手の動きを窺いながら、まず一度剣を交えてみた。

 何度か斬り結び、隙をついて足払いを掛けるも軽く飛び交わされる。


(……見抜かれているのか!?)


 間合いを置き、こちらの出方を窺っている様子の沖田さんを凝視しながら、竹刀を構え直した。

 その後も、相手の息遣いを間近に何度となく斬り結ぶも、これといった決め技が出せずにいた。それでも、沖田さんの面を左腕で受け止めながら、一瞬、遅れて胴を取った。

 先程よりも、ほんの少し上擦ったような声で制する山南さんの声がして、すぐに沖田さんと試合後の挨拶を交わす。

「こんなに手古摺ったのは久しぶりだなぁ」

 言いながら、竹刀を竹刀立てへ戻すと、沖田さんはこちらに向き直った。

「ところで、貴方あなたの名は?」

「沖田慎一郎といいます」

 僕が名乗った途端、彼らの少し唖然とした視線が、僕と土方さんに向けられた。きっと、に反応したのだろう。

「沖田に、土方か。紛らわしいな」

 と、呟く斎藤さんに、僕はと苦笑を漏らした。

「斎藤さんの意見も一理あるが、とりあえず中へ」

 そう言って、困ったように微笑う山南さんに竹刀を手渡すと、上がって左へ真っ直ぐ行った角の部屋で待機するよう言われた。


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