第8話 新選組?!②
こんなにも興奮したのはいつぶりだろう。緊張感と興味心は、参拝を終えた後も続いていた。
そうじと呼ばれた人を含め、総勢六名。本堂前の階段脇に腰かけながら、話し込んでいる彼らの会話は、まさしく私の期待通りのもので、私たちはその近辺にある、低い塀を隔てた場所で、怪しまれないように時々、視線を送りながら尚も聞き耳を立てる。
その内容から、彼らが後の新選組隊士となる人物であると確信した。
沖田総司の、無邪気な笑顔は勿論のこと。涼やかな声といい、発する言葉といい、私の思い描いた沖田総司のイメージにピッタリだった。身長は百七十センチくらいだろうか。総髪で、一つに結った後ろ髪も程々に、ほんの少しサイドに残った前髪がとても凛々しく、男らしい印象を受けた。
家茂公の警護を務める為に上洛したものの、清河八郎の策に乗ってしまっていたことに気付いた彼らが、この先、江戸へ戻るかどうかを考えあぐねている。そんなところだろうか。
もともと、清河八郎は根っからの尊王攘夷派だと言われていた。確か、十代後半に江戸で北辰一刀流を学ぶと同時に、『虎尾の会』を結成し、井伊直弼が暗殺された『桜田門外の変』の一月前くらいから、直参旗本の山本鉄舟らと共に尊王攘夷を説いていた。と、いう説話を見かけた事がある。
その後、虎尾の会の浪士がハリスの通訳として来日していたヒュースケンを暗殺してしまったことで、清河は幕府から目をつけられてしまう。それだけでは終わらず、幕府の罠にはまってしまい、手先であるアメリカ人を無礼斬りしてしまったらしい。そのせいで、清河は幕府から追われる身となり、虎尾の会は解散。一変、逃亡生活を強いられる。
“ 徳川幕府の存続を維持する為 ” と、伝え続けた清河の本音は、じつは倒幕だった。
「どうやら、本物のようだな」
「みたいですねぇ~」
しゃがみ込み、視線を泳がせながら訝しげに眉を顰めている土方さんと、その隣で楽しそうに微笑んでいる沖田さん。私も、お二人と向かい合わせにしゃがみ込み、ただ無言で頷いた。
(どぉしよぉぉ。彼らは間違いなくあの、新選組! しかも、大好きな沖田総司が……)
他の人が誰と誰なのかはまだ分からないけれど、また沖田総司がにっこりと微笑みながら続けた。
「左之助さんの言う通りですよ。今、ここで悩んでいてもしょうがないでしょう」
(さ、さのすけぇー? と、いうことは、あの少し男臭い印象の男性が原田左之助かな……)
そう思いながら、沖田さんと土方さんを交互に見ると、沖田さんとは何となく暗黙の了解というか、『良かったですね』と、言ってくれている気がした。
「しかし、まさか朝廷の為に浪士組を結成していたとは思いませんでした。これでは、将軍警護どころか、幕府を敵に回すことになる」
「山南さんも、そんなに思いつめた顔しないで。あとは、近藤さんと芹沢さんに任せておけば大丈夫ですよ」
沖田総司が、山南さんと呼んだ男性は、私の思い描いていた山南敬助と寸分の
「もしも、近藤さんが江戸へ戻ると言い出したらどうする」
原田左之助の隣、小柄だけれど端整な顔立ちの男性が沖田総司を見つめながらそう言うと、今度は永倉新八が、おもむろに立ち上がりながら、俺は京に残って将軍様を待つ。と、言った。それに感化されたであろう原田左之助も、清川の言いなりになるのは御免だ。と、襟元を正す。
「俺も、永倉さんと原田さんと同じ考えだ。何故なら、道理に合わぬからな……」
そう言って、難しい表情を浮かべている男性が藤堂平助だとしたら、その目前、一番落ち着きを見せているのが井上源三郎と見ていいだろう。まさに、近藤一派が勢ぞろいしていることになる。
「平助たちの言い分も分かるけど、仮に皆で京に残ったとして、これからどうするつもり?」
「それは……」
沖田総司の問いかけに、藤堂平助の表情が、徐々に曇り始める。続いた山南敬助の、「我らには行く当てがない」という言葉にも、それぞれ言い返せずにいる。
と、その時だった。井上源三郎であろう人と目が合い、思わず吃驚して立ち上がった。刹那、私は全員の視線を受けて固まってしまう。しかも、しばらくの間しゃがみ続けていたからか、軽い眩暈に襲われ、ふらついた私の腕を支えるように寄り添ってくれる土方さんの、芝居がかった口調に私と沖田さんは顔を見合せた。
「もう大丈夫なのかぁ? そうか、そうかぁ。まぁ、顔色はさっきよりだいぶマシになって来たようだから、そろそろ帰るかー」
彼らに背を向け、呆れ顔の沖田さんを睨み付けるようにして目配せをする土方さんの、不自然な演技の意味をようやく理解して、私も沖田さんもそれを受け入れる。
「はいッ。もう、すっかり良くなりましたぁー!」
彼らに聞こえるように棒読みっぽく返し、三人揃ってそそくさとその場を後にしようとして、「待たれよ」と、引き止められた。
まずい。そう思いながら振り返ると、彼らの、心配そうな表情を目にして、とりあえずの安堵感を得る。
「大丈夫ですか?」
「え、あ……はいッ」
永倉新八から声を掛けられ慌てて答える。すると、沖田総司も立ち上がり、私に労いの言葉をかけてくれた。
それに続き、井上源三郎らしき人が、「我らもそろそろ行くか」と、言い出したのを切っ掛けに、各々、ゆっくりとその場を立ち去っていく。
私達は、ただ茫然とその姿を見送ることしか出来なかった。
「突然だったからびっくりしましたよ……」
溜息交じりな沖田さんに、私が頭を下げて謝ると、沖田さんは、「そうじゃなくて」と、首を横に振った。
「土方さんの、わざとらしい演技のことですよ」
「わざとらしいとはなんだ」
「というか、もうちょっとマシな伝え方出来なかったんですか?」
拗ねた様にそっぽを向いている土方さんに、呆れ顔の沖田さん。
とりあえず、怪しまれなかったことに安堵した私達は、彼らを追うようにして壬生寺を後にしたのだった。
けれど、時既に遅し。彼らの姿はどこにも見当たらず、私達は狭い路地裏で途方にくれた。
それならばと、今度は八木邸を目指すことになったのだけれど、道筋は現代とそう変わりは無いはずなのに、複雑に入りくんだ路地のせいでまるで、迷路の中をただひたすら歩いているよう。
それでも、通りすがりの人に尋ね、何とか八木邸へと辿り着く事が出来た。
門に取り付けられた旗などは無いものの、
「どうする」
と、早口で呟く土方さんに、私はどうしていいか分からずにあたふたしてしまう。そうこうしているうちに、彼らがどんどん近づいて来る。
(ど、どうしよう……)
先頭を歩いていた男性と目が合った。一瞬、逸らして素知らぬ顔をしてみるも、やはり怪しく見えたのか、再び合わせた視線から敵対心が伝わって来る。
少し幼い感じの残る人、黒い眼帯をした人と、目つきの悪いチンピラ風な人。そして、どこか知的な印象を受ける人に、儚げな瞳を細めながら、威風堂々と歩いて来る人を確認する。全身から溢れる、他を圧倒して平伏させるようなオーラを感じ、私は思わず肩を竦めた。
眼帯をしている人がいたことも含め、人数からして芹沢一派に違いない。そして、近寄りがたい雰囲気を放っているあの人が、芹沢鴨だろうか。
逆に目が離せなくなっていたからか、眼帯をした人がドスを利かすように言った。
「おい、何を見てやがる」
しまった。と、思った時にはもう後の祭り。一番先頭を歩いていた男性が、素早くその眼帯の男性の前に立ち、刀の柄に手を添えた。
(う、うそッ……)
即座に私の前に立ちはだかり、その人と真向かう沖田さんもまた、刀を抜こうとしている。
初めての緊張感に包まれた。その時、低めながらも朗らかな声のする方へと視線を向けた。
「どうかなさったのですか、芹沢先生」
声の主と、その後ろに凛々しく寄り添っている人は、どこから見てもあの近藤勇と土方歳三で、写真よりも、ほっそりとして若く見える。
「あ……っ……あ……」
更に驚愕する中、隣にいる土方さんと沖田さんも、同様に呆気に取られたような顔で彼らを見つめている。
土方さんの、私にだけ聞こえるように「本物だよな」と、呟いた一言に、私は大きく頷いた。次いで、近藤勇から私達との関係を問われた芹沢鴨らしき男性が、「知らん」と、言って視線を逸らすと、沖田さんと対峙していた男性に諭すように言った。
「野口、もういい。行くぞ」
それを機に、声を掛けられた男性は、少し躊躇うようにして沖田さんに軽く一礼し、踵を返した。
屋敷内へと入って行く彼らを見遣っていると、近藤勇が、少し困ったような微笑みを浮かべながら、私達を気遣うように話しかけてくれた。
「うちの者が、無礼を。申し訳御座いませんでした」
「い、いえ。その、こちらこそすみませんでした」
「近藤さん、俺達も急がないと」
視線を下へ向けたまま囁くように言う土方歳三の言葉に頷くと、近藤勇は私達に深々と頭を下げ、土方歳三と共に屋敷内へと足早に歩み去って行った。
「いましたね。というか、会って話しちゃいましたね」
吐息交じりに言う沖田さんに、私も未だ興奮しながら頷き返す。
何はともあれ、今日一日でずっと憧れていた
「ゆ、夢でも見てるような気分です!」
「そう騒ぐな。ガキみたいに……」
私を窘めるように言う土方さんにも微笑まずにはいられない。
ここに来れば、いつでも彼らに会える。私たちは、夢のような現実に胸を膨らませながら、期待感でいっぱいになっていた。
近藤勇たちがどこへ何しに行っていたのかまでは分からなかったけれど、これからここら辺を忙しなく走り回るのだろう。などと、想いを馳せる。
「まだ信じられません。あの、憧れの新選組と会えたなんて……」
「今日、お休み貰えて良かったですね」
「はい!!」
のんびりと、壬生界隈を散策していた時だった。また狭い路地に差し掛かった私達の目前、これまた見覚えのある顔に一瞬、足を止めた。
「……どうした」
「あれって───」
一瞬、遅れてこちらを振り返る土方さんを横目に、前方からだんだんと近づいて来る男性二人に目を凝らす。
「右側の人、高杉晋作に似ています」
総髪であることから人違いかもしれないけれど、ネットで観た顔写真にそっくりだということを伝える。
唯一、顔を知っている近藤勇や土方歳三にしても、写真より細くて柔らかい印象だった。高杉晋作かもしれないその人も、あの勇ましい写真とは違い、もう一人の浪士らしき人と何かを話しながらこちらへ歩み寄って来るそれは、やんちゃそうだけれど、どこか品の良さを醸し出しているように見えた。
まだ頭を丸める前なのか。それとも、ただ似ているだけの別人なのか。
もしも、あの人が高杉晋作だとしたら、隣にいた人は誰なのか?
そんなことを考えながら、小さくなる背中を見遣っていると、沖田さんからどちらが高杉晋作なのかと問われ、私は少しキツネ顔のやんちゃそうな人がそうだろう。と、伝えた。
「もう一人の男は?」
続いた土方さんからの問いかけにも、苦笑を零す。
「私にも分かりません。でも、もしもさっきの人が高杉晋作だったとしたら、もう一人は
将軍警護もろくに出来ないまま、混乱の渦中にいる浪士組とは裏腹に、血気盛んな長州藩士たちは倒幕のみならず、外国との戦争も繰り返してゆく。何という戦争だったか忘れてしまったけれど、高杉晋作はその戦争の後、頭を丸め奇兵隊を結成し、大活躍を収めることになる。
久坂玄瑞もまた、高杉晋作と共に吉田松陰の下で『人間学』を学んだ一人だ。とても、良い言葉なので覚えてしまったのだけれど、吉田松陰はそれぞれに、「万巻の書を読むにあらざるよりは、いづくんぞ千秋の人たるを得ん」という言葉を挙げた。これは、「多くの本を読まない限り、後世に名を残せるような人にはなれない」という意味だそうで、個人的に感化されると同時に、そこで得た知識が後々、必ず人との繋がりを保つ為に必要になってくると思わされた。
吉田松陰は、高杉晋作と久坂玄瑞を共に競わせ、あくまで、“ 学問とは、人としてどうあるべきかを学ぶことである ” と、説いていたそうだ。
テレビもラジオもインターネットも無い、学ぶ手段は本しかないというこの時代で、それらの書物から得た知識は、何よりも価値があったに違いない。
「そろそろ、昼飯にしませんか?」
「そうですね! 私もお腹空きました」
お腹を押さえたままの沖田さんに笑顔で頷いて、未だ腑に落ちない様子の土方さんの腕を取り、先を歩く沖田さんに続いた。
新選組は、浪士組として上洛。坂本龍馬は、海軍操練所にて着々と経験を積み重ね、高杉晋作は、自分の信念を貫き通そうと覚悟を決める頃。
激動の時代がその勢いを増し始める中、それぞれが志を果たす為に動き出そうとしていた。
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