第23話(最終話) post scriptum

目を覚ました後の私に待っていたのはリハビリの日々でした。


****


「先輩!!!ちょっと待っててください!お母様呼んできます!!」


目を覚ました私に驚いた麻衣が母を呼びに行くと言って病室を飛び出して行ったけど・・・・


(お母様!?!?!?)


私は麻衣のその呼び方が面白くてケタケタ笑っていると、二人が今度は飛び込んできた(笑)


「聖!!!!・・・って、何そんなに笑っているの??」


「お母さん、いや・・麻衣の『お母様』ってのがツボに・・。」


「全く、あんたって子は・・・もう・・・・。」


お母さんはちょっと頬を膨らませながらも、目には涙を貯めていた。ポロッと一滴こぼおちるともう止まらなかった。


「ひじりぃ・・良かった。目を覚ませて・・良かったぁぁあ。」


抱き着いて来たお母さんを抱き締め返したかったけど、腕が上がらなかった。


「ごめんね・・お母さん。」


気づくと私も泣いていた・・・そんな私達に気を遣って麻衣が部屋を出て行こうとしていたのが目に入った。


「麻衣!!!!待って。」


「え??」




「麻衣・・私長い夢を見ていたの・・でも、ハッキリと覚えてる。」


「夢??ですか??」


「うん。見たの・・・夢の中で・・私が飛び降りしたとき、麻衣が止めようと来てくれてたのを・・。」


「え!?!?え????」


「あれは・・夢の事・・上手く表現出来ないけど、麻衣が一生懸命私を探してくれた事、一生懸命私を助けようとしてくれてた事が分かったよ。ありがとう。それと、酷い事言ってごめんね。」


「そんな・・・先輩・・・・あたし間に合わなかったのに・・・。」


「麻衣のせいじゃない!弱かった私が悪いの。自分を責めないでね。」


「うぅ・・でも・・。」


「あなたが私の後輩で幸せだよ。ありがとう、麻衣。」


「しぇんぱい!!!!!」


もう麻衣の顔はぐちゃぐちゃだった。そしてぐちゃぐちゃのまま私に抱き着いて来た。ああ、もう・・・可愛いなぁ。


「良かった・・麻衣ちゃんも・・・良かったよ。自分を責めすぎてて心配してたんだよ。」


お母さんがそんな麻衣の頭を撫でながら泣いていた。


「うわあああああああああああああああああん。」


さらに勢いを増した麻衣の鳴き声に私とお母さんは笑ってしまった。



****


その後お医者さんの話を聞いた。私は2か月近く眠っていたようだ。


そして飛び降りた後にすぐ緊急手術を受けて一命を取り留めた事。体も至る所を骨折していたので、それに対する手術も行った事。目を覚ましてすぐ手足の指先を少し動かせたことから、リハビリ次第ではまた歩く事も出来る可能性があるという事を聞いた。


毎日少しずつ、怠ることなくリハビリに励まなくてはならないらしい。けど、今の私には丁度いいと思った。お医者さんや、お母さんの話の中で「一般例としては」「他の人と比較して」というワードが何度か出て来たけど、私は私に出来る努力を毎日する以外無いと思った。


しばらくすると、お父さんと弟が病室に入って来た。お父さんは気丈に振る舞っていたけど、目がうるうるしていた。


「聖・・・よく頑張ったな・・よく帰って来た。」


「うん。ありがとう、お父さん。ただいま。」


「うん・・・うん・・・。」


何度も頷くお父さんは、感極まったみたいでそれ以上話せなかった。それを見越したお母さんが寄り添ってくれていた。


(仲良いよね・・この二人・・・。)


「何だか・・・目を覚ましたのは良いけど・・・別人じゃないよな??」


ジト目で父母を見ていた私に弟がそう話しかけてきたのでビックリした。


「へ??なんか変??」


「いや・・妙に落ち着いてるから・・あと何となく。」


「へぇ・・・良い勘してる。」


「は??どういう事だ??」


「あんまり女性を詮索しないの。パトカー呼ぶよ。」


「ははっ。もうビビんねーって。やっぱ姉貴は姉貴だったな。」


安堵したように微笑み弟に私は言いたいことがあった。


「悠斗。」


「ん??」


「これまで謝りたくても、素直に謝れなかった事がいっぱいあったの。」


「は!?!?!?」


「色々ごめんね。あと、私のために怒ってくれてありがとね。」


弟は目を見開き後退った。


「な!?な!?・・・・何だ???やっぱり誰かと入れ替わってるんじゃねーか??」


「何言ってるの!!」


バシッとお母さんに頭を叩かれた弟は顔を真っ赤にしていた。


私はまた大きな声を上げて笑ってしまった。



****


「聖!!!!」


「朋美!!!」


「馬鹿!!!!!!!!」


私が意識を取り戻した事を聞いた朋美が駆けつけてくれた。駆けつけてくれたのはいいんだけど・・・いきなり怒鳴られてしまった。


「うう・・ごめんなさい。」


「馬鹿聖・・バカバカ・・・ばかぁぁああああああ!!」


「ああ!!朋美!!!ごめん、ごめんなさい!!!」


大声で泣き出す朋美に私は謝るしかなかった。麻衣じゃないけど、私たちは顔をぐちゃぐちゃにして泣き合った。


しばらく泣き合った後、落ち着いた私は会社での事を朋美に話した。泣きながら聞いてくれたけど、私が自分の弱さを認めた事や、これからはちゃんと考える事を伝えると朋美は微笑んでくれた。


「そっか・・・。うん。分かった。自分で考えるのも良いけど、今度はちゃんと相談してよね。」


「うん!!聞かれなくても言う!!夫婦喧嘩中でも気にしないで相談するよ。」


「それは勘弁して。」


「あ!夫婦喧嘩とかするんだ!」


「ちょっと馬鹿ひじりぃぃぃ!」


ほっぺを結構強くつねられた・・・朋美さんはなかなかに容赦ない・・・けど、それが何だか嬉しかった。



****


「お母さん・・・ちょっとお願いがあるんだ・・・。」


「どうしたの?改まって。」


「うん・・中学まで一緒だった美咲ちゃんと同級生だった松山大輝って覚えてる??」


「え?もちろん覚えてるわよ。」


「連絡・・取れないかな??って思って。」


「取れるわよ。」


「は!?!?」


「良いわね・・・あんたのその顔。久しぶりに見た。」


「ちょ・・真面目な話してるのに!!」


「ふふ・・ごめんごめん。すぐ来てくれると思うわよ。美咲ちゃん、一度ここに来てくれたのよ。」


「え??」


「詳しい話は本人としなさい。ちょっと美咲ちゃんに電話してくるわね。」


唖然としている私を余所に、バックからスマホを取り出し病室を出て行った。



****


「し、失礼します。」


連絡が取れた美咲ちゃんが病室に来てくれた・・けど何だか余所余所しい。気まずいのか、なかなかこっちまで来てくれなかった。そんな美咲ちゃんに見兼ねたお母さんが傍まで連れて来てくれた。


「ああ・・・美咲ちゃん・・・。」


「ひじ・・り・・。」


やっと顔が見えたと思ったら、もう私と美咲ちゃんは泣いていた。


「美咲ちゃん・・・ごめんね。ごめんなさい。私ちゃんと思い出したよ。あの時の事、私も同意してたのに・・ごめん・・本当にごめんなさい。」


言い切るとぶわっとさらに涙が溢れてしまった。


「ううん!聖!!!私こそごめん。巻き込んで、酷い事言った。」


「違うよ。私美咲ちゃんだけのせいにして逃げたの・・・言われて当然な事しちゃったんだもん・・ごめんねぇ。」


「もういいの。聖が目を覚ましてくれて良かった。」


そう言うと美咲ちゃんが抱き締めてくれた。ゆっくりとだけど、少し腕を上げれるようになった私も出来る限り美咲ちゃんを抱き締めた。


その後時間を埋めるように美咲ちゃんとたくさんお話をした。


「ニュースでね・・聖が飛び降りしたのを知ったの・・。でも、あんな事言った私が行けるはずないって思って・・・。」


「そうだったんだね。」


「うん・・でも背中押してもらって、やっと会いに来てみたら・・・聖、目を覚まさないかもしれないって聞いて・・・私・・・どうしたらいいか・・・聖が苦しい時に一緒にいれなかったって・・・とても後悔して・・。」


「ごめんね、辛い思いさせて。でも、ありがとう。来てくれて。嬉しい。私嬉しいよ。」


「うん・・・うん・・・。」


嬉しかった。あんな形で別れてしまった美咲ちゃんとまた会えた事が、私を心配して来てくれていた事が、とてもとても嬉しかった・・・・・けど、


「ところで美咲さん???」


「え???何??突然・・・顔が怖いよ。」


「誰に背中を押してもらったのかな???もしかして????」


「へ???聖ってそんなに鋭いタイプだったっけ???」


「そうだよ。俺だよ。」


いつの間にか病室に入って来ていた男性がいた。大人っぽくなっていたけど、間違いない、大輝だ!!


「大輝だ!!やっぱり!!!って事は???」


「そういう事よ。」


顔を赤くしてそっぽを向く美咲ちゃんは可愛かった(笑)


「そうなんだぁ♥」


「何だよ・・。」


「ううん。何でもないよ。お母さん、ごめん。ちょっと席外して貰っても良いかな?」


「ん??良いわよ。美咲ちゃんも大輝君もゆっくりしていってね。」


「「はい。」」


「お!!さすがカップル、同時に返事をするとは。」


「揶揄わないで!」


ムキになる美咲ちゃんを見て、クスクス笑いながらお母さんが病室を出て行った。


「さて、改めまして。」


「聖???」


「どうした??」


「きっと美咲ちゃんから話は聞いていると思うんだけど・・・。」


チラッと美咲ちゃんを見ると頷いてくれた。


「大輝、中学の時、大輝の自転車がイタズラされていたのを見ていたのに黙っててごめんなさい。ずっと隠しててごめんなさい。私はしてはイケない事をしました。大輝に大怪我を負わせてしまった・・・本当にごめんなさい。」


「聖!!!」


私は出来る限り頭を下げた・・かったけど、体が思うように動かない・・でも、力いっぱい頭を下げようとして、バランスを崩してしまった。


慌てた美咲ちゃんが受け止めてくれたので事なきを得たけど、美咲ちゃんに無理をするなと怒られてしまった。


「許す!!!!」


「え?」


「だから、『許す』って言ったんだよ。初めて美咲から話を聞いた時は、ちょっと驚いて憤ったけど・・・あの頃俺たちガキだったんだよな。」


「大輝・・・。」


「こちらこそ、スカートめくったり、嫌がることたくさんしてすいませんでした!!」


大輝がバッ!と綺麗なお辞儀をして謝罪した。私は一瞬戸惑って美咲ちゃんを見ると笑うのを堪えているようだった。


「あ・・・ふふ・・・・許す!!!」


「おし!!!」


顔を上げた大輝の鼻息が荒く、顔を見合わせた私と美咲ちゃんは笑うのを止められなかった。


また一つ、胸のつかえが取れたような気がした。



****


それから月日は流れ、私はリハビリ専門の施設に移動していた。移動しても麻衣は変わらず遊びに来てくれた。「大変だろうから通う回数を減らしても大丈夫だよ。」と伝えても来るペースは変わらない・・・全くもって可愛い後輩である。


と、言っても麻衣は別の会社に就職したので、もう先輩後輩ではなくなったのだけど、変わらず「先輩!」と呼んでくれる・・・そう、全くもって可愛い後輩である。


朋美も旦那さんを連れて遊びに来てくれる。嬉しい事に、朋美のお腹に新しい命が宿ったそうだ!!まだ男の子か女の子か分からないみたいだけど、どちらでもきっと可愛いんだろうなぁ・・とても楽しみ♪


美咲ちゃんと大輝も結構遊びに来てくれる。嬉しい・・・だけど、いつも何を買って来るかで喧嘩になるそうだ・・・早く結婚してしまえ。



リハビリはとっっっっても大変だったけど、今では松葉づえを使って歩けるようにまでなっていた。これまで私の中で一番意外だったのが、悠斗が献身的にリハビリを手伝ってくれた事だった。シスコン???何て思ったけど、悠斗が来ると施設の若い女性職員がキャッキャしている・・・悠斗さん・・さては・・・。


そんな弟に将来の事を聞いてみると「作業療法士」になりたいそうだ。家族のリハビリの手伝いをしながら学ばせて貰っていると真面目な顔で語っていた・・・はい、邪推してすいませんでした。


****


「聖ーー!!」


「あ!お父さん。」


「どう調子は?」


「お母さん!うん。前より足を上げれるようになってきたよ。」


「ホント!?凄いわ、聖!」


リハビリついでに施設の周りを少し散歩していると、お父さんとお母さんが顔を出してくれた。


ベンチに座ってひと休みしながら、いつものように談笑していたけど、私はお父さんとお母さんに言わなきゃいけない事を思い出した。


「お父さん、お母さん。」


「ん?」


「どうしたの聖?」


「私、これまで勢いで酷い事とか傷つけるような言葉を二人に言ったりした事があったけど・・・あれは本当にそう思ってたわけじゃなくて・・・。」


「うん。分かってるわよ。」


「うん・・でも、謝りたかったから。今までいっぱい酷い事言ってごめんなさい。私、お父さんとお母さんの子供に生まれて来て良かったよ。産んでくれてありがとう!!」


「聖!!」


お母さんが抱き締めてくれた。抱き締めてくれたお母さんの肩越しに見えるお父さんは、涙を堪えるように空を見上げていた。



私は笑顔で同じく空を見上げた。




P.S

おばあちゃん・・・私、ちゃんと覚えているよ。




___________________________________



一人の少年がうつ伏せで倒れている。


真っ白な上下の服に、真っ白な靴。


真っ白な床、壁、天井・・・一面真っ白な部屋にその少年は倒れていた。


「う・・うぅ。ハッ!?!?!?」


少年は意識を取り戻すと、ガバッ!と勢いよく起き上がり天井を見上げた。


「ここはぁ・・・???天国かな????」


そう呟いた少年は自分の発言が自分で可笑しくなり鼻で笑う。


「フッ・・・ボクが、天国なんかに行けるわけない・・。」


力ない笑顔でそう口にした少年は、自分の背後に何かの気配を感じた。


「目が覚めたようだね。」


「え!?はっ??????」


歪んだ笑みを浮かべた老婆が立っていた。




「さて、お前さんの名前は???」




END

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私は飛び降りた。 ha-nico @ha-nico

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