第22話 私は飛び降りた。


『聖。。。ちゃんと自分で考えて、自分で答えを見つけるんだよ。』




映像を見終えてしばらく泣き続けていた私は、壁にもたれ掛かりぼんやりと天井を見上げていた。

このまま座り込んでいても仕方がない・・・そんな事は頭で分かっていたけど、心と体が追いついて来なかった。その後もしばらく天井を見続けていると、どこからともなくひらひらと桜の花びらが舞い落ちて来た。


「さくら???」


呆然と落ちて来る桜の花びらを見ていると、その花びらは私の目の上に落ちそうだった。近づいて来る花びらに自然と目を閉じた私の脳裏に、父と手を繋いで散歩をした桜並木の景色が広がっていった。


****


『聖。』


『なーに?』


『これから小学校に入る聖には友達がたくさん出来ると思うんだ。』


『うん!!できるーーー!!!』


『楽しい事もいっぱいあると思うけど、喧嘩もしちゃう事があると思うんだ。』


『あたし、お友達とケンカなんてしないもん!!』


ぷうっと頬を膨らませた私を見て父が笑った。


『あはは!そうだと良いね。でも、悲しい事があった時はお父さんやお母さんに相談するんだよ?』


『んーーーーー・・・うん!』


『でもね。。聖。そんな時お父さんやお母さんは、聖の事を助けたくていっぱいお話をするかもしれないけど・・・最後はちゃんと自分で考えて、自分で答えを見つけるんだよ。』


『?????』


私がコテッと首を傾げていると、それを見た父はまた笑って私の頭を優しく撫でてくれた。


『あははは!まだ難しかったかな??大切な事だから、聖が迷ったり、困ったりした時にまたお話するからね?』


『うん!!!』


優しく微笑み話てくれる父を、私は大好きだった。



****


ツゥーっと涙が頬をつたった。目を開けると、いつの間にか瞼の上に落ちたはずの桜の花びらは消えて無くなっていた。


さっきの桜の花びらは何だったんだろう??抜け殻状態になっていた私を父が心配してくれたのだろうか??


「まさかね・・。」


クスッと笑うと不思議と体に力が蘇ってくるような・・・そんな感じがした。


「そう言えば、あの頃から自分で考える大切さを教えてくれていたね。この後私がどうなるのかは分からないけど・・・考える・・ちゃんと考えて自分で答えを出すよ。


ありがとう・・お父さん。もう大丈夫だよ。」


私が立ち上がると突然『ガチャ!!』っとドアから鍵が開くような音が聞こえた。


どんなに嘆いても、悲しんでも、願っても、私のしてしまった過去は変わる訳が無かった。


自分のしてしまった事、罪、弱さ、ダメなところ・・・目を逸らすんじゃなくて、全部受け止め認めるしかない。


「じゃないと直せない。改めれない。」


そう自分に言い聞かせ、自分に答えるように頷いた私は部屋の外に出た。



****


「おばあちゃん・・・。」


部屋を出ると、目の前にあの老婆が立っていた。


「何だい。随分いい目になったじゃないか。」


私の顔を覗き込むと老婆がそう言い微笑んでくれた。


「うん。ありがとう、おばあちゃん。」


「もう迷いはないのかい?」


「うん。私・・ずっと周りの雰囲気に流されて生きて来たみたい。それと臆病者だったんだって分かったよ。また迷う事もあるかもしれないけど、選んだ道が正解かどうかなんて分からないけど・・・これからはちゃんと自分で考えて、自分で決めるように・・します。」


「そうかい、そうかい。」


老婆はまっすぐ目を見て答えた私に満足したように目を閉じ頷いてくれた。


「臆病者ね・・そこにもちゃんと気づけたかい。確かにお前さんは周りを気にし過ぎて、あと一歩が踏み出せない弱い所があったからねぇ。」


「ふえ??」


突然のツッコミに私は変な声を上げてしまった。


「なんだい??ゆっくり話した時に言ったじゃないか。『外では周りに気を遣い過ぎる』ってね。」


「あははは!そうでしたね!!!確かに!!」


思い返せば確かにあの時も指摘してくれていた。「内弁慶だ」って。落ち込んでて指摘してくれていた事にも気づけなかった自分に何だか笑えてきてしまった。それすらも認めるしかなかった。


「それを笑い飛ばせるくらいなら大丈夫さね。よし、着いておいで。」


「はい!!」


あの歪んだ笑みではなく、口の両端を上げて微笑む老婆に私は笑顔で返事をした。


老婆の後ろと着いて歩くと大きい通路に戻った。そして大きい通路の突き当りにあたる壁の前に立つと、ファーーっていう神々しい効果音でも聞こえてきそうな両開きの扉が現れた。その両扉がゆっくり開き始めると、扉の向こうから眩しいくらいの光が射し込んで来る。


私が眩しくて目を細めていると、「行くよ。」と一言述べて老婆が先に中に入って行くので、続いて私も中に入ってみた。



****



中に入ると、そこは不思議な場所だった。

半円のステージのようになっていて、正面には扉が一つあり、右側には先の見えない階段、左側には何も無く、下を覗くといつかテレビで見たことがあるような上空何千mもの上から撮影した夜景のような景色が広がっていた。吸い込まれそうで、正直腰が引けてしまった。


「ほぉ・・・こうなったかい。」


「え??こうなった??」


「ここはね。人それぞれによって姿かたちが変わる場所なのさ。さて、お前さんには3つの選択肢が与えられた。」


「選択肢??」


「一つは元の身体に戻る。一つは安らぎの場所で少し休暇を取る。もう一つは新しい命に生まれ変わる・・・の三択さね。元の身体に戻るには左側から飛び降りな。ただ、元に戻れても5体満足である可能性は少ないよ。安らぎの場所に行きたい場合は階段を上りな、行けばすぐ案内してくれるよ。そして、新しい命に生まれ変わりたいなら真ん中の扉に入りな、ただ生まれ変わっても人間かどうかは保証出来ないけどね。」


「人間かどうかは分からない・・・。」


「まぁ、お前さんの場合はまた人間に生まれ変わりそうだけどね・・・こればかりは上(かみ)が決めることだからねぇ。」


「かみ??神様??」


「ああ。そうとも言うさね。私らにしたら上(うえ)は上(うえ)さね。この場所の選択肢も上が判断するのさ。まぁ、選択肢の無い者もいるけどね。」


「そうなんですね・・・・・あの、元に戻ってもここの出来事は覚えているんですか??」


「そうさねぇ。それは私にも分からない事だよ。大半の者はここでの事は忘れてしまうさね。極稀に覚えている者もいるが・・・・まぁ、心配しなさんな!どちらにしてもお前さんのここでの反省は魂にきちんと刻み込まれている。」


「・・・・分かりました。」


「それでも、その反省を生かすも殺すもお前さん次第だからね。」


「はい!!」


私は目を閉じると、最初に映像の部屋で最後に見たお母さんと麻衣の顔を思い浮かんだ。


(お母さん・・・麻衣!!)


私は覚悟を決めた。


「ああ、そうそう。もう一つ選択肢があったよ。」


「は???」


覚悟を決めた途端に選択肢を増やされて膝がカクッとなってしまった。


「まぁ、お前さんみたいな子なら、私と同じくここの案内役になるっていう手もあるけどね?」


「ええ!?私が!?」


驚いた私を見て老婆はケラケラ笑っていた。


(おばあちゃんと同僚になるの??冗談なのかな?でも、それも悪くなさそう。)


私も釣られてクスクス笑ってしまっていた。


「さあ、よく考えな!」


「うん!!大丈夫!!私もう決めたよ!」


「そうかい。なら私の役目はここで終わりさね。どの道を選んでもお前さんの幸せを祈ってるよ。」


「うん・・・・ありがとう・・・おばあちゃん。」


私は堪らず老婆に抱き着いた。老婆は「あっはははは!」と大きな笑い声を上げると抱き返してくれた。そして私の背中をポンポンと二回叩くと、微笑みながら私から離れて元の入り口に足を向けた。


私は深くおばあさんの背中に向かってお辞儀をして振り返った。




そして左側の端に立ち、大きく深呼吸をして







私は飛び降りた。






****


聖が寝ている病室に上村麻衣が入ってきた。


「こんにちはー。」


返事は無かった。


「あれ?誰もいないのかな?」


彼女はベッドの脇にある丸椅子に腰かけると、カバンを床に置き聖の手を握った。


「先輩、こんにちは。先輩のお母さんに休むよう言われてたけど・・・今日も来ちゃいました。」


そう言い目尻に涙を浮かべながら、いつものように今日の出来事を話し始めた。


しばらく話をしていると、聖の指先がピクッと動いた。


「え!?!?!?!?!?気のせい???」


もう一度聖の指が動くと、驚いた彼女は椅子から立ち上がり、前屈みになり聖の顔を覗き込んだ。


「え!?え!?先輩!?先輩!!!!!」


動揺した麻衣の手を、弱々しくも力強く聖の手が握り始めた。


「え、、ううぅ、、、、、うええええええええええええええええん。」


ゆっくりと目を開いた聖は、子供の様に泣き出してしまった麻衣の方に顔を向け、目を細めた。




「麻衣。」

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