第16話 事実
「それにしてもおかしいね・・・もう来ても良い頃なんだけどねぇ。」
先程の微笑みから苛立ちの表情に一変した老婆は、その苛立ちを表す様にテーブルを人差し指で何度も叩いている。
トントントントントントントントン
「あ!あの・・私と同じ部屋にいた人達はもう他の場所に移動したんですか?」
苛立つ老婆がテーブルを叩く音が鳴り続く空間に、居心地が悪くなった私は雰囲気を変えるべく老婆に話しかけてみた。
「ん?ああ!一名は知っての通り穴に落ちたけどね。」
私は穴に落ちて行った男性を思い出し頷いた。
「あとはお前さんと一緒になった中に老人が1人居たろ?お前さんの少し前にその老人が出たが、他の者はまだ小さい部屋の中にいるよ。」
「え!?そうなんですか?」
「そうだよ。人によってはまだまだ出られない者もいるさね。
まぁ、お前さんは少ない方だったよ。あっちでの時間が短かった事も関係しているがね。それでも少ない方だったさね。」
「そ、そうなんですね。でも、おじいちゃん先に出られたんだぁ。」
最初の部屋で手を差し伸べた優しそうな老人を思い返した。
「あの老人は、戦後ずっと贖罪し続けていたからねぇ。
まぁ、ただ『自分のした事に悔いはない』何て言ってた位だから、お前さんも見たように肉体の悪業の罪からは免れなかったが、怨みは僅かだったねぇ。」
「???」
(殺した人達に許されたの???)不思議に思っていると心を読まれたのか老婆は続けて話してくれた。
「何も『許す』事が出来るのはあっちでだけじゃないさね。まぁ、70年も毎日謝り続けられれば許しもするだろうさ。」
「そ、、そういうものなんですね。」
トントントントントントン
話し終えると老婆はまたテーブルを叩き始めた。
「あの・・私が少ない方だったっていうのは・・あの・・えっと。」
また気まずい空気になるのを阻止しようと、再度勇気を出して話始めたけど上手く質問の内容をまとめ切れずにしどろもどろになってしまった。
「ふっ、はははっ。お前さんに気を遣わせてしまったねぇ。後でタマに文句でも言いな。」
「いや・・そんな。」
「ふむ・・そうさねぇ・・お前さんは内弁慶の方だったろ?」
「へ???」
「外では周りに気を遣い過ぎる分、家族にはきつく当たったりしてただろ??」
「う・・・・はい。」
さっきの部屋で十分に思い知らされていた私は観念するしかなかった。
「その分妬まれる事はあっても怨みを買う事は少なかったさね。それとイタズラに他を傷つける事も少なかったしね・・・蜘蛛以外はね。」
そう言うと老婆はニヤッと笑った。
「あはは、確かにそうでした。(苦笑)あの・・妬みはこびり付かないんですか?」
「付く事はあっても、相手の自分勝手な妬み等はここに来るまでに剥がれ落ちるか、剥がれ落ちなくてもここではカウントされないさね。」
「そうなんですね・・・よく陰口で『愛想振り撒き過ぎ』とか『いい顔しい』とか言われてたので、ちょっとホッとしました。」
「ここ10年から20年くらいかね。」
「???」
「怨みの数が異様に多い者が増えて来たのが、例えば・・」
「・・・・・」
「あの??(何か言葉を検索してるのかな??)」
話の途中で少し間が空いたので老婆の様子を見ると瞼をピクピク痙攣させていた。顔を覗き込むと『カッ!!』と目を大きく開いたので、思わずビクッとなってしまった。それに合わせて椅子も『ガタッ』と音を立てたけど、それには一切気を向けず老婆は話を続けた。
「例えば、あっちで言う『ハラスメント』やら『イジメ』、お前さんへの陰口とかもそうさねぇ。それらも様々な種類があるようだが、一様に相手の心を深く傷つける事柄が多くなったさね。しかも事実から・・・実際に自分が起こした事柄から目を背けている者が多いからねぇ。故に心の方であの部屋からなかなか出れない者がかなり増えたよ。」
目を背ける事に関しては、自分にも当てはまっていたので何も言えずただ話を聞いていた。
「あと何て言うんだっけね??もう忘れてしまったよ・・あの・・インターなんたらで架空の掲示板みたいなモノに批判や悪口を書いて相手の心を傷つける・・・。」
「SNS・・・?」
思わずそう呟くと
「そうそう!!そう言ったね。それでなかなか出れない者も最近増えて来たよ。」
「え???でも、ハラスメントとかイジメは相手が分かってますが、SNSだと身元や名前を隠している人が大半で相手が分からないんじゃ???」
「ここではそんな事は関係ないのさ。己の行為によって相手を深く傷つけた。その事実だけが全てさ。たとえ『怨み』がこびり付かなかったとしても己の魂に『記録された事実』からは逃れられないさね。ついさっきもそんなのが居たねぇ。」
****
「なんで私がそんな所に行かなきゃいけないの!!!!」
10帖ほどの白い部屋で一人の50歳代の女性が老婆に喚いていた。中肉中背で顔つきは険しく、ショートカットの髪には白いものが混じっていた。
「さっき説明した通りさね。あっちでの自分の罪を自分で受けるためさ。他の者はもう行ったよ。同じ様にさっさと移動しておくれ。」
「嫌よ!!!私悪い事なんてしてない!!!!」
「してないはずは無いさね。特に死ぬ前まで毎日毎日誰かの心を何回も傷つけてたじゃないか。」
「いったい何の事??」
「インターなんたらの架空の掲示板みたいなヤツの話さね。」
「SNSの事??あ、あれに悪意なんてないわよ!!不誠実だったり、不快感を与える人たちや会社を叱っただけよ。そう!忠告よ!!私は正してあげるためにやっていたの!」
「お前さんのちっぽけな正義なんて知ったこっちゃないよ。それと問題は悪意があるか無いかではないのさ、『相手が深く傷付いた』という事実だけが問われるのさ。」
「それこそ知った事じゃないわよ!!誹謗中傷を受ける方に問題があるの!!傷付いたのだって自業自得じゃない!!!」
目をひん剥き、ムキになって話すその女性に呆れた老婆は鼻で笑った。
「ハッ!お前が自業自得を語るとはね。まぁいい、これ以上お前と話をする気は無い。お前の正義とやらは長年沢山の人たちを傷つけてきた。お前のして来た事の罪深さを心底味わい反省してきな!!」
老婆はそう言うと有無を言わさず指を鳴らした。
「ちょっと待ちなさ・・・・・・・え・・・何?ここはどこなの??」
怒りの表情で老婆に食って掛かろうとした女性は『パチン!』という音を聞いた瞬間困惑の表情に変わり、その後、恐ろしいものを見たかのように青ざめていった。
「え!!ああ・・・嘘でしょ???あなた自殺したはずの・・・・・・なに??いや・・来ないで・・・いや!!いやぁあああああああああああああ!!!」
女性は叫び、頭を抱えのたうち回り始めた。その様子を見ていた老婆はため息を吐き、かぶりを振ると静かに白い部屋を後にした。
****
「そうなんですね。でも何となくですが言ってる事が分かる気がします。」
「そうかい!いや、それにしても少しどころじゃなく話過ぎたね。」
老婆は呆けた顔をしてそう言うと、椅子の背もたれに体を預けた。
ガチャッ
ドアが開く音がしたので顔を向けると、最初の部屋で顔を覗かせた執事の恰好をした高校生くらいのネコ目が可愛いさわやかイケメンが部屋に入ってきた。
「丁度良いとこだったかい??」
「あんたどこほっつき歩いてたんだい!!持ち場を離れるなんて言語道断だよ!!」
ニコニコ顔で話掛けてきた彼に老婆が怒鳴りつけた。
「まぁまぁ。そのお蔭でゆっくり話が出来ただろ??」
両手を前に出し、宥めるような動きをする彼を呆れたように老婆は睨みつけていた。
「えっと・・あの・・おばあちゃん。私は気にしてないので。」
私が慌てて間に入ると、クスッと彼が微笑んだ。
「いいね!!おばあちゃん!僕もそう呼ぶことにするよ。」
「やめとくれ。寒気が走るよ。そんな事よりさっさと仕事に戻っておくれ。」
楽しそうに笑う彼を鬱陶しそうに老婆がしっしっと手を振る。
「あははは。かしこまりました。」
彼は笑ってそう言うと左手をお腹の辺りに当て、右手は後ろに回し、本物の執事の様に礼をした。
「それでは行きましょうか。」
「はい。」
イケメン君が手を差し伸べてくれたので、私は彼の手を取り椅子から立ち上がると老婆に深く頭を下げた。
「いっぱいお話してくれてありがとうございました。」
「気にしなさんな。」
今度は私に向かってひらひらと手を振る老婆が、照れ隠しをしているように見えて微笑ましくなった。私はもう一度小さく礼をして部屋を後にした。
「少し歩くよ。」
「大丈夫です。」
先程老婆の後ろを着いて来た道のりを逆に進む彼の後ろを私は付いて行った。大きい通りに入ると、私は聞いてみたい事があり小走りをして彼の横に並んだ。
「そう言えば、あなたがタマだったんだね。」
「うん!そうだよ!」
「どうして猫みたいな名前なの?」
「そりゃあ、僕がここに来る前が猫だったからだよ。」
「え??嘘っ?」
「あはは。嘘とか冗談とかじゃないよ。ただ向こうでの名前はタマでは無かったけどね(笑)」
「じゃあ、どうして執事の恰好をしてるの??」
「僕の飼い主が執事だったんだぁ。主の姿が恰好良くてずっと憧れてたんだよ。」
「そうなんだぁ。あなたも良く似合ってて格好良いよ。」
「へへへ!ありがとう。」
ひょうひょうと話す彼の笑顔はまさに猫の様だった。
しばらく歩くと、細い通路の分岐も残り2つの所まで来ていた。そこも通り過ぎると彼は突き当りを左に曲がり最後の細い通路に入って行った。その通路はさっきまで老婆と話していた部屋があった通路と同じく右側の壁だけにドアが並んでいた。
「着いたよ。どうぞお入り下さい。」
「うん。」
彼は通路に入って6つ目のドアを開くと、中に入るようエスコートしてくれた。
中に入るとそこは4帖位の白い部屋で、部屋の真ん中には椅子があった。私は座って良いのか迷っていると「どうぞ。その椅子に座って下さい。」と彼に声を掛けられたのでいそいそと椅子に座った。
「では、始めますよ。」
「始める??」
「うん。見てれば分かるよ。」
彼はニコッと笑うと『パチン!』と指を鳴らした。
彼の合図と共に部屋が少し暗くなると、映像が正面の壁に映し出された。
「え!?!?!?!?!?!?何で!?!?!?!?!?!?」
私は映像を見て驚愕した。映像には頭に包帯を巻かれ、人工呼吸器を付けられ、腕からは装置のコードや管を伸ばし、病室のベッドに寝ている私の姿が映っていた。
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