第15話 聖と老婆

私の目の前で光の粒が散り散りになって消えていった。


「麻衣・・ごめんね・・ありがとう。」


私は目を閉じ会社の後輩だった『上村麻衣』の笑顔を思い返していた。


ゆっくり目を開くと、そこは2帖くらいの白い部屋だった。最初の部屋よりかなり小さい部屋・・・というより独房??みたいな感じがするけど、今回の部屋にはちゃんとドアが付いていた。


「これは・・・外に出てもいいのかなぁ??」


戸惑いながらも私は目の前にあるドアノブに手をかけた。部屋の内側に開くタイプのドアらしく、ゆっくりとそしてちょっとだけドアを開き外の様子を窺ってみた。


外には誰もいないようだったので、音を立てないようにそうっと小さな部屋を出た。

部屋を出ると私がストレッチャーで運ばれていた幅3m位の通路だった。左を見ると通路はずっと続いているみたいで、通路の両側には2m程の間隔でドアがたくさん並んでいた。右を見ると少し先に、この通路より広そうな空間があるように見えた。


「わっ!!」


私は細い通路を抜けるとそこは大きな通路(幅6mくらい)になっていた。そして右側からあの老婆がこちらに向かって歩いて来ていた。


「おや!終わったようだね。ん??なんだい?一人で出てきたのかい?」


ドキッとしたけど、嘘を吐いても仕方がないので私は無言で頷いてみた。


「あいつどこに行ったんだい!!全く・・すぐ持ち場を離れてほっつき歩いて、後できつく言わないといけないねぇ・・」


ブツブツと不満を口にしている老婆を前に私は何も言えず、その場に立っていたままだった。


「ああ・・すまないね。誰も居いないんじゃ仕方が無い。申し訳ないけど、今説明を終わらせて来たばかりだからね、引き継ぎを済ませなきゃいけないのさ。」


「説明???」


私はキョトンとして首を傾げた。


「ん?ああ・・そうだったね。お前さんの時は録に説明出来なかったね。あれだけ五月蠅くされちゃね。」


(やっぱり・・ホントはちゃんと説明があるんだ。)私は苦笑するしかなかった。


「おばあちゃん・・あの・・今までのあれは何だったのでしょうか?」


「ん?ある程度察しは付いてるんじゃないかい?・・まぁ、でも良いさね。とりあえず今はちょっとばかり付いて来ておくれ。」


「は、はい。」


私は次にどこに連れていかれるのか不安を覚えながら後ろを付いて行った。大きな通路には何本も細い通路が枝分かれしているように延びていた。細い通路は緩やかな曲線を描いてるようだった。そして、どの細い通路にも両壁には私がいた部屋の通路と同じ様に2m程の間隔でドアが並んでいるのが見えた。


(あの部屋の一つ一つに人が入っているの??最初の部屋にいた人達もいるのかな??)


そんな事を考えながら老婆の後ろを付いて行くと、突き当りを左に曲がり、また細い通路に入っていった。その通路は他の通路とは違うようで、通路の右側にしかドアがなく、ドア同士の間隔が他より広かった。老婆が通路に入って二つ目のドアを開き、入るよう促されたので中を覗くと、そこは最初の部屋と同じくらいの広さ(12帖程度)で会議室のような部屋だった。


部屋には真ん中辺りに4人掛けのテーブルセットが2セットあり、奥の壁にモニターのようなモノが付いていて、それに向かい合わせで3人掛けくらいのソファーが1つだけあった。そのどれもが白くて、冷たくとても無機質な物に感じられた。


「お!!終わったんか??」


「え??」


ソファーの方から男性の声がしたけど姿は見えなかった。その声の主はソファーで横になっていたみたいだった。


「よっと!」という掛け声と共に立ち上がり、こちらに近づいて来たその男性は60歳代くらいに見えた。細身で黒いスーツを着こなし、肩くらいまでありそうな白髪を後頭部で綺麗に束ねて、優しそうな笑顔を浮かべていた。


「ああ、一人五月蠅いのがいたが無事終わったさね。」


「そうかそうか。おや?そのお嬢ちゃんはどうしたんだ??」


老婆の後ろにいる私が気になった男性が覗くように体を斜めにしてきた。目が合ってしまい、私はつい会釈をしてしまった(苦笑)


「タマの奴がまた何処かにふらついててね。この子が一人で部屋から出てきたところにちょうど出くわしたのさ。」


(タマ??)


「そうかそうか。それはご苦労様だったね。」


「はっ。そろそろ時間じゃないのかい?」


けらけらと笑う男性を鬱陶しそうに老婆がしっしっと手を振る。


「ふふ、じゃあ行ってくるよ。」


邪険に扱われても男性は楽しそうな顔で部屋を出ていった。


「さぁ、ちょっとそこに座って待ってておくれ。」


老婆は一番手前のテーブルセットを指差しそう言うと、奥のソファーの方に向かって行った。


「はい。」


私は頷き指示された椅子に座ると老婆の様子を見ていた。奥でブツブツと独り言を話しているようだったけど、少し経つと戻って来て私の真向いの椅子に腰を下ろし、静かに話し出した。


「今、案内役を呼んだからそのうち来るだろうさ。それまでまた少し話そうかね。


さて、あの部屋の事だったね。」


「はい。」


(案内役が来たらまた何処かに連れていかれるのだろうか??)さらに不安を覚えたけど、ここまで来ると抗っても仕方ない・・少し開き直った私は老婆の話に集中する事にした。


「あの部屋はお前さんが、あっちで産声を上げてからここに来るまでに犯した自分の悪業を・・他の命を傷つけた罪を自分で受けて反省する場所さね。


最初に受けるのは他の命の肉体を殺傷した罪さ。相手に与えた痛みや苦しみをそのまま自分が受けるのさね。その後、精神(こころ)を傷つけた内面の痛みや苦しみを、同じくそのまま自分が味わうのさね。さっきも言ったが、だいたい察しは付いてただろう?」


「はい・・。」


「まぁ、ホントは個別の部屋に入ってから始まるんだけどねぇ・・・お前さんと一緒になった連中は五月蠅くて埒が明かなかったから、あの場で始めてしまったよ。お前さんも当たりが悪かったねぇ。」


「いえ・・その事は良いんです。あの・・もう一つ質問してもいいですか?」


「いいよ。」


あっさり了承を得たのでちょっと驚いて目を大きく開いてしまったけど、一呼吸して気持ちを落ち着けた。


「あ、ありがとうございます。あの・・私が高校生の時に友達と大喧嘩をした事があったんです。それこそ酷い事を言ったり、引っ叩いたり髪の毛掴んだり・・押し倒して捻挫させてしまったり・・私の中で一番大きな喧嘩だったんです。だけど・・・白い靄の中で体の時も、心の時もその事は・・朋美は出て来なかったんです。


弟とも他にもいっぱい喧嘩をした記憶があるんですけど、出て来なかったのもありました。それがどうしてだったのか分からなくて・・・。」


老婆は私の話を静かに頷きながら聞いてくれた。


「なるほどねぇ。人は様々な罪を犯してここに来るが、その中でもあの部屋で現れない罪もあるのさ。例えば、これは本当に極僅かだが、本人では避けようが無かった事がまず一つだね。あとはねぇ・・そうそう!あんた達の世界で言う『正当防衛』ってやつさね。ただ、あっちとこっちではその基準は違うがねぇ。そしてこれはお前さんの場合だが、傷つけた相手がその事を心から許した場合さね。」


「え?」


「口だけじゃないよ・・心からね。お前さんなかなか謝れない性格のようだが、その時はちゃんと罪を認めて謝ったんじゃないのかい?」


「あ・・」


「それを相手が許してくれたんださね。」


そうだった。朋美と喧嘩をした後日、私達は泣きながら抱き合って謝罪し合っていた。そして私達は元々仲が良かったけど、そこからもっと仲良くなっていった。


(私は勿論許してたけど・・・朋美も許してくれてたんだ・・。)


そう思うと涙がポロッとこぼれ落ちた。


「それと同じくお前さんの弟もお前さんを許した事もあったようだね。ただお前さんも弟に対して許せた罪もあれば、許せなかった罪もあるだろう?」


「あ・・・確かに・・・あります。」


「そういうもんさね。お前さんも強情だが、弟も似たようなものさ。」


それを聞いて私は笑ってしまった。


でも確かに弟が喧嘩の元になった出来事もあったし、謝ってくれなかった事もあった。そして謝られても許せなかった事もあった事を思い出した。


「口で言うほど「許す」事も「許しを得る」事も簡単ではないさね。しかも心からとなれば尚更さね。互いに傷つけあった事ならまだしも、理不尽な事であったり一方的な事柄なら一層難しいさね。」


「分かります・・でも・・あの・・私、その事で弟を四六時中恨んだりはしてなかったんですが・・弟は私をずっと恨んでたって事なんでしょうか?」


「あははははははは!」


老婆が楽しそうに大きな声で笑った。驚いたけどこんな風に笑った顔を見たのは初めてだったから、ちょっと嬉しくなってしまった。


「お前さん面白いねぇ。答えは『違う』だよ。まぁ、これも極稀にそういう者もいるが、大体はそうじゃないさねぇ。


人の『怨み』はその瞬間に相手の魂にこびり付くのさ。その時の痛みや苦しみ、怨みがそのままね。だから四六時中怨まれてたからあの部屋で現れたってわけではないよ。」


「こびりつく???」


「そうさ・・べったりとね。お前さんが言うさっきの子のように心から許さない限り、こびり付いたその怨みは死んでも剥がれ落ちる事はないさね。


『怨み』はこびり付き、『悪業』は記録される・・魂にね。だからあの部屋で現れるのさ。『痛みや苦しみを思い知れ!!!』ってねぇ。」


そう言うと、老婆は歪んだ笑顔を浮かべていた。私はその笑顔にゾッとしたけど、そんな私に気づくとパッと表情を元に戻した。


「まぁ、『悪業』だけではなく、『善業』も記録されているけどね。さて、疑問は解消されたかい??」


「はい。」


「そうかい。」


私が頷くと、老婆が静かに微笑みを浮かべたように見えた。

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