第14話 奈落の底



「ひっ!?やめろぉぉおぉお!!っっ!?」




グシャ!!!




人の姿を模った何かに男は顔を殴り潰された。その勢いで男の両手足は宙に放り投げられる。


バタッ!!


宙に舞い上がった両手足が地面に落ちると男はそのまま動かなくなったが・・・・しばらくするとムクムクと逆再生のように潰れた顔が元に戻っていく。


顔が戻ったその男は、聖の目の前で穴に落とされた狭山春樹と言う名の男だった。


狭山が倒れているその場所は、溶岩流跡のような黒いゴツゴツとした石や岩が辺り一面に広がっている地獄と称するにふさわしい場所だった。空は今にも雷が落ちそうな色をした積乱雲に似た雲で覆い尽くされていた。


実際に近くに雷が落ちた。


激しい落雷の音で狭山は目を覚ますと目の前に立っている何かに怯え、起き上がるなりその場から慌てて逃げ出した。




「い・・痛ぇ・・痛ぇよぉ・・・。」


しかし悲壮な顔つきで逃げる狭山の足はズタズタだった。靴は履いておらず裸足だったためだ。ゴツゴツした石の上を走ったため、足は血みどろになっていた。人の姿を模った何かは、そのままその場で立ち尽くしいたが、突如バラバラと崩れ落ちた。すると今度は逃げようとしている狭山の前に夥しい数の石が浮かび上がり一か所に集まるとまた人の姿を模るのだった。


ガラガラガラガラガラガララ


ガラガラガラガラガラガララ


たくさんの石と石がぶつかり合う音を鳴らしながらその何かは狭山に近づいていく。


「痛ぇ・・!?来るな!!!何なんだよぉ・・お前は・・・。」


何かの足取りは遅かった。小さい子供の歩行速度よりも遅い歩みだった。普通であれば簡単に逃げられる早さであったが、狭山の足は既にズタズタになっていた。


前にも後ろにも動けない状況だった狭山を、何かのその遅さは却って狭山の恐怖を増大させていった。また酷い痛みを与えられる・・・また無残に殺される・・・怖い・・怖い・・怖い・・怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い


「あぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」


恐怖が極まり狭山は発狂した。


ガラララ。


「やめ、ブッ!?」


ようやく目の前に辿り着いた何かは有無を言わさず狭山を殴りつけた。


「いだぁああああああああああああああ!!うぐおええええっ・・・・・ぇ・・。」


吹き飛んだ狭山は、殴られた痛みとゴツゴツした石の上に落ちた痛みで狂乱したが、次の瞬間腹部を何かに踏み抜かれ意識を失った。


再びそのまま立ち尽くす何かの足元にいる狭山の顔は左側が陥没していた。腹部には穴が空きそこから血が溢れ出していた。


そして何かは待っていた。また逆再生が始まり狭山の肉体が元通りになっていくのを・・。


それを証するように狭山の身体が元通りになった途端に何かは両腕を引きちぎった。


「ぎゃああああああああああああ!!ごはっ!!!」


またしても痛みで転げ回っているところを今度は背中を踏みつぶされた。


・・・逆再生・・・


「やめて・・やめ、やめっぐふえ!!!!」


次は頭を蹴られて首の骨が折れた。


・・・逆再生・・・


「いだぁいいい!!いだいよぉおお・・もうやめて、あぎゃああ!!」


そして次は腹部を殴られ子供の様に泣き叫ぶも、股間を蹴り上げられ泡を吹き倒れた。


逆再生・・・逆再生・・・逆再生・・・逆再生・・・逆再生・・・逆再生・・・逆再生・・・逆再生・・逆再生・・・逆再生・・・





****




ガラガラガラガララ・・ガラガラガラガララ・・


石がぶつかり合う音を鳴らしながら、狭山の左手首を掴み引き摺り歩く何かは少し先の大きな穴に向かっていた。ゴツゴツした地面を引き摺られているにも関わらず、狭山から叫び声は聞こえて来なかった。かなりの距離を引き摺られ、下半身がボロボロの状態であっても白目を剥いて薄ら笑いを浮かべていた。


絶え間なく何かに蹂躙され続けた狭山は廃人のようになっていた。


ガラガラガラガララ。


大きな穴の前に辿り着いた何かは、無造作に狭山を穴に放り投げると静かに崩れ落ちていった。



****



薄暗い地下道を黒いスーツの男がコツコツと足音を立てながら歩いている。男は細身だが明らかに強靭な肉体の持ち主であることが見て取れた。


「おう。」


立ち止まると、壁にもたれ掛かり座っている紺色のパーカーを深く被った若者に話しかけた。


「あ!!どもっす。」


「狭山、死んだらしいなぁ?」


「そうなんすよ。いきなり前にボコったヤツに鉄パイプで後頭部殴られて・・・。」


「そうか。」


「あいつ『俺は痛み知らずで不死身だ。』って言ってたすけど、痛み知らずってのはマジでしたね。前から殴られても一瞬も怯まない奴だったんで、何本かネジ飛んでんのかと思ってましたけど、いきなり鉄パイプで3発くらい頭殴られても、何も無かったみたいに起き上がって相手走って追いかけたのにはビビりましたよ。」


「・・・・・。」


「けど流石に不死身じゃ無かったっすね。捕まえた相手をボコってる途中でぶっ倒れてそのまま死んじゃいました。でも!こう言っちゃ何ですが、アイツ死んで正直ホッとしてんすよ。アイツ人見ないで躊躇なく殴ったりしちゃうんで。」


「確かに危ういヤツだったな・・田島が手を焼いていた位だしな。」


「そうなんす!!交渉相手でもちょっと言う事聞かなかったとか、ちょっと口答えしただけですぐボコっちゃうんで、しかも止めないと殺しちゃいそうな時もありましたからね。揉め事ばっか増えて組まされてたオレら堪ったもんじゃなかったっすから。」


「そうか。」


「はい。なので、むしろアイツが誰か殺っちゃって大問題になる前に、死んでくれて助かりました。それに俺らが殺らなくて済みましたし・・・。」


「そうか・・すまなかったな。」


男はため息をつくと若者から離れ、またコツコツと足音を鳴らしながら地下道から姿を消した。



****



仄暗い空間に狭山は倒れていた。空間の広さは暗さで測れないが、真上には小さな丸い光が見え、まるで井戸の底を思わせるような場所だった。


パンッ!!


老婆が手を鳴らすと狭山は目を覚ました。上体を起こし、首を左右に振り、周囲を警戒しながら怯えている。


「ここにあいつらはいないよ。」


その様子を見ていた老婆が声を掛けたが、狭山は「ひぃっ」と真後ろから聞こえたその声に驚き勢いよく振り返った。そしsて老婆を目にした狭山は、両腕で顔を守るように身構え後退った。


「はっ・・他からの理不尽な暴力がよっぽど身に沁みたようだね。」







しばらく沈黙が続いたが、老婆が何もして来ないと思った狭山は恐る恐る両腕を下げた。


「何もしやしないよ。」


「こ・・こ、こ・・こ、こ、ここ、は?」


「ん?ここは・・そうさなぁ、お前さんらで言わせれば『奈落の底』ってとこかね。


まぁ・・ここがどこか?なんて事はそんなに問題じゃないよ。今問われているのは、今のお前さんの心さね。」


狭山は老婆の話をちゃんと聞いてはいるようだが、未だ恐怖が抜けないのか、体は震え、ガチガチと歯を鳴らせていた。


「お前さん、あっちでは痛覚が他人より鈍かったようだねぇ。ここに来た時に普通の感覚に戻されたが・・・どうだい??痛かっただろう??」


狭山は無言で何度も頷いた。


「そうかい。ではお前さんがあっちで数百もの命に与えた痛みを思い知ったかい。」


「う・・う、う・・うん。」


もう一度ゆっくり頷いたその顔は、まるで叱られた子供のようだった。


「お前さんは数えきれない程の命を傷つけて来た。今一度小さき者となって『生きる』という事を一から学んできな。」


老婆がそう言い終えると、老婆の背後の奥の方から無数の小さな光がこちらに向かって来た。


「あ・・あ、、あ・・あげは・・。」


狭山が両手を差し出すと、近づいて来た無数の小さな光は揚羽蝶の姿に変化した。


自分の周囲を舞うように飛び回る無数の揚羽蝶を見ていた狭山の目からスーッと涙が流れた。狭山は幼い頃に・・・大好きだった綺麗なその姿を見つけては、捕まえるわけでもなく、ただただ追いかけ走り回っていたあの頃を思い出していた。


「お願いしていいかい?」


老婆は肩にとまっていた一羽の蝶に声を掛けると、蝶は一斉に狭山の体に集まり覆い尽くした。


少しすると、一羽の蝶が離れ上に向かって羽ばたいて行った。そしてそれに続くように、一羽また一羽と羽ばたいて上に向かって行くのだった。




全ての蝶が舞い上がるとそこに狭山の姿は無かった。


上に向かう光輝く無数の揚羽蝶の中に、一羽の真っ黒な蝶の姿があった。

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