第12話 秘密
「ああ!!やられた!!!!」
「だから『何か対策した方がいいんじゃない?』って言ったのにぃ!!」
外でお父さんとお母さんが騒いでいた。
「どうしたんだろう?」
気になり外に出てお父さんの元に駆け寄ると、家の車のタイヤが誰かに穴をあけられてしまっていた。お父さんは頭を抱え、お母さんはご立腹だった。
私が中学に入学したての頃、町内で自動車のミラーを壊されたり、タイヤに穴をあけられたり、窓ガラスを割られたりする事件が多発していた。三日程前に二人がその事を話しているのを聞いていたばかりだった私は
(お母さんが怒るのも無理ないなぁ)と二人を見ながらそう思っていた。
「聖ちゃんどうしたの??」
「あ!!美咲ちゃん!!おはよう。」
いつも一緒に登校する友達の山崎美咲ちゃんが顔を覗かせた。
「ええ!!タイヤを!!許せないねー。」
美咲ちゃんは、小3のクラス替えの時から仲良くなった友達だった。髪型はいつもツインテールにしていて猫目が可愛いい、活発でとても正義感が強い女の子だった。
「こっちは気にしないで良いから学校にいってらっしゃい。」
タイヤの事を説明しているとお母さんが私たちに笑ってそう言ってくれたので、急いで準備をしに家に戻った。
「いってきまーす。」
「いってらっしゃ~い・・」
項垂れながら送り出してくれたお父さんに苦笑いしながら私たちは学校に向かうと、途中でクラスメイトの女の子が蹲って泣いていた。
「萌ちゃん!!!!どうしたの!!」
駆け寄り、なだめて事情を聞くと、同じクラスの松山大輝(だいき)という男子に登校中スカートをめくられたらしい。
「あいつぅぅぅ!!!」
美咲ちゃんは怒りで震えていた。勿論私も許せなかった。
大輝は小学校の頃からよく女子にイタズラをするスケベで迷惑なヤツだった。私達の他にも彼に嫌な思いをさせられた女の子はたくさんいた。
「だいきぃいい!!あんた酷いよ!!!」
勢いよく教室の扉を開けた美咲ちゃんは短い髪をツンツンに立てた大輝を見つけると大声で叫んだ。
「は??いきなり何だよ?」
「あんた萌ちゃんのスカートめくったでしょ!!」
両手を腰に当てて大輝に美咲ちゃんは詰め寄るが
「はぁ??身に覚えがありませぇーん。ギャハハハ!」
変顔をして私たちを挑発すると、仲間たちと馬鹿みたいに大声で笑った。
「あんた!!いい加減にしなさいよ!!」
「何だよ!!嫉妬か?お前もめくって欲しかった??」
美咲ちゃんが怒っても大輝は聞く耳を持たず、むしろ美咲ちゃんのスカートの裾を掴んでまくろうとする始末だった。
さらに顔を真っ赤にして怒る美咲ちゃんを大輝と仲間たちは楽しそうに笑っていた。私は我慢できず大輝の頬を引っぱたいた。
「いってー。何だよ、ムキになって。冗談も通じないやつらだな。行こうぜ。」
そう言って教室を出ていった大輝たちを私は許せなかった。
彼らは分かっていなかった。スカートめくりをふざけてやっているつもりだろうけど、それは性暴力だって事を・・私たちの心が屈辱と恥ずかしさで傷つけられているという事を。
「ひじりぃぃぃ・・・ありがとう・・。」
目の端に涙を浮かべながらそういう美咲ちゃんを私は抱き締めた。
「大輝、許せないね。」
「うん・・・絶対に許せない。ずって許せてない事もあるし・・・」
美咲ちゃんが今まで見たことがない怖い表情をしていて驚いた。他にも大輝に何かされた事があるようだったから、美咲ちゃんにその事を教えて貰った。
「私ね・・昔自転車の練習してた時にね・・・大輝に自転車イタズラされて怪我したことあるんだ・・・。怪我って言っても擦りむいたくらいなんだけど・・でも、それが理由で私今でも自転車が怖くて乗れないの・・・」
「え??」
私はビックリした。美咲ちゃんと大輝の家は近かった。『大輝が自転車通学しているのにどうして美咲ちゃんは歩いて通学しているんだろう?』って不思議に思っていたけど・・・そんな理由があったんだ。両親に連れて来られて謝られたみたいだったけど、不貞腐れている大輝を美咲ちゃんは許せていなかったらしい。
それを聞いて私はますます大輝が許せなくなった。
「私ね・・大輝に仕返しをしようと思ってるの。」
「え??どうするの??」
突然の美咲ちゃんの発言にビックリしたけど内容を聞いてホッとした。
「大輝の自転車のタイヤの空気を抜いて困らせてやる!怒ったら『冗談なのにムキになるな!』って言ってやるんだ!!」
「うん!!私も手伝うよ!」
私もすぐ美咲ちゃんの意見に同意した。かく言う私も昨日の放課後、大輝にスカートをめくられていた。
「キャッ!!」
「ギャハハハ!色気のねー、パンツ!!」
「ギャハハハ!!!」
大輝達は私のスカートをめくって馬鹿にすると、蹲る私をよそに自転車で坂の上のゲームセンターに向かって行った。
私はその事を思い出すと沸々と怒りが沸いてきていたのであった。
私たちの中学校は坂の途中にあった。校門を出て右に曲がると上り坂になっていて、上がってすぐの所に大輝たちがいつも学校帰りに通うゲーセンがあった。左に曲がるとは少し平坦な道になっていて、200m程先に行くと下り坂になっていた。その坂は大人でも自転車を押して上るくらい急な坂道だった。
「あんたが今困っている以上に、私たちの方があんたの行いに傷ついて困ってるんだからね!!」
私と美咲ちゃんは、お昼時間に大輝の自転車の空気を抜いて、放課後ゲーセンに向かおうとする彼が自転車の異変に気付いて、困っているところ彼にそう言ってやろう!という作戦を考えた。
さっそくお昼休みに駐輪場に向かうと予想外の事が起こっていた。そこに見知らぬ太った中年の男の人が大輝の自転車のタイヤ辺りに何かをしているようだった。
驚いた私たちは、慌てて校舎の隅に隠れて様子を見ていた。
タイヤに穴を開けているのかな??何となくそう思ったけど『パチン・・・パチン!!』という音に何か嫌な予感がした私は先生に報告しようと思った。
けど・・・
「待って聖ちゃん・・これはきっと大輝への天罰だよ!!このまま作戦を続行しよう!!」
「う・・・うん。・・美咲ちゃんがそう言うなら・・・」
私は仕方なく同意して再び駐輪場の方をこっそり覗いて見ると、男の人がこっちを向いていた。ゾクッとした。
「やばい!!逃げよ!!」
私たちは急いで校舎に向かって走りながら、恐る恐る振り返ると男の人は追って来てはいなかったので、私と美咲ちゃんは胸を撫で下ろした。
「ねぇ、聖・・・もしかして、さっきの人ブレーキにイタズラしてたんじゃないのかな??」
「パチンって音がしてたからそうかも・・。」
「でも、上り坂ならブレーキ効かなくてもそこまで大事にはならないよね?きっとゲームセンターのとこで止まれなくて困るくらいだよ。」
「う、、うん。そうかも知れないけど・・・だけど・・。」
「大丈夫だよ、きっと!!このまま作戦続行しよ!!」
「うん・・分かった。」
渋々同意しながらも心臓の鼓動はとても早くなっていた。
放課後になり、私達は作戦通り先程隠れていた校舎の隅にスタンバイすると、大輝が自転車に跨りペダルを漕ぎ出したところだった。やっぱりさっきの男の人はタイヤじゃなくてブレーキにイタズラしていたようだ。ゲームセンターに向かう大輝を走って追いかけるべく、私たちは構えていたけど・・・またしても予想外の事が起こってしまった。
「大輝!行こーぜ!!」
「わりっ!!今日は先にかーちゃんに買い物頼まれててさー。終わったら行くー!!」
「分かったーー!また後でなーー!。」
「おーー!」
「「え!?」」
驚いた私たちを他所に大輝は勢いよく校門を左に曲がった。
私と美咲ちゃんは焦って後ろを追いかけた。
「待って!大輝!!」
呼びかけても届いていないようだった。そして私達の足が自転車に追いつくはずが無かった・・・校門を出て左に曲がると、大輝が下り坂に姿を消したところだった。
ガシャン!!ガシャン!!ガシャン!!!
激しく自転車が転倒する音が聞こえた。
「おい!!君!!大丈夫か???誰か救急車を!!」
坂の下から大声が聞こえる。
私達は固まっていた・・あまりの出来事にショックを受けていた。
そして私達は・・・・ショックのあまり、大輝の姿を見る事も出来ず・・恐くなって逃げ出してしまった。
****
大輝は全治4か月の骨折と怪我を負った。次の日、町内の車にイタズラをしていた犯人が捕まった。犯人の所持品から、ドライバー、カッター、千枚通し、ニッパーなどが見つかったという。そしてその犯人は、駐輪場で大輝の自転車に何かをしていた男の人だった。
私達は悪くない・・悪いのは犯人で、イタズラばかりする大輝に自転車をイタズラされるっていう天罰が下ったんだ・・・そう自分達に言い聞かせて罪悪感を呑み込んだ。
この事は私達2人の秘密になった。
退院後、驚いたことに大輝はイタズラをする事が無くなった。後遺症が残ることは無いと診断されてホッとした母親に「あんた女の子にイタズラばかりするから罰が当たったのよ。」と怒られたらしい。
その事もあり、私達は大輝が無事退院して元気に校庭を走り回っている姿を見ると少し安堵した。そして月日が流れていくうちに私の罪悪感は薄れていった。
だけど、美咲ちゃんは違かったみたいだった。卒業式の日、私と美咲ちゃんとの間に大きな亀裂が入ってしまう出来事が起こった。卒業式が終わってから私達は2人で教室に立ち寄って何気ない話をしていると、美咲ちゃんが『あの時の事を謝ろう』と言い出したのだった。
「ねぇ、聖??」
「ん??」
「私も聖も大輝も別々の高校になるじゃない?」
「大輝??うん、そうだね。」
「あの時の事・・謝って卒業しない?」
「え??」
「一緒に謝りに行こう??」
「え??ちょっと待って・・『ずっと秘密にしておこう』って美咲ちゃん言ってたじゃん!!」
「え??私だけじゃないでしょ??聖、大丈夫、大輝はきっと許してくれるよ。」
「許してくれるかなんて分からないじゃん・・そんなの私恐いよ・・」
「でも、このまま隠したままなんて。」
「やだよ!!何て言うの??私達がイタズラされてるって言ってれば・・ちゃんと言ってれば大輝は大怪我しなかったって・・ごめんなさいって言うの??」
「そうよ!!」
「いやだよ!!!!!」
「どうしてそうなのよ!!!聖いつも逃げてばっかりじゃない!!!」
「何それ!!!美咲ちゃんはいつも自分勝手に決めちゃうじゃん!!あの時だって私嫌だったのに!」
「え!なに言ってるの??2人で決めたじゃない!!!」
「美咲ちゃんいつも強引なんだもん!!私嫌だったの!!!あの時だって、美咲ちゃんに止められなかったら私・・・」
「もういい!!!!!
分かった・・・もういいよ・・全部私のせいなんだ。私だけが悪いんだね・・・・。
嫌い・・嘘つく人間なんて大嫌い!!もう二度と聖の顔なんて見たくない!!!!!」
美咲ちゃんは目に涙を浮かべながらそう言うと、教室から走って出ていった。
「私は悪くないもん・・・・・ひっく・・悪くないもん・・・。」
ひとり残された私は膝を抱え、泣きながらいつもの言葉を自分に言い聞かせていた。
そしてその後・・美咲ちゃんにも大輝にも、二度と会うことはなかった。
****
「聖・・・ずるいよぉ・・・いつも私に押しつけて・・私だけのせいにして・・・ずるいぃ・・う・・うう・・ひっく・・・怒られたって、しょうがないじゃない・・・一緒に謝って・・ずっと友達でいたかったのに・・ひどいよぉ・・・だいっきらい!うえええええええええええん。」
酷く裏切られた気持だった。ずっと抱えてた罪悪感を一緒に謝って、許されなくても、怒られても・・謝罪したかったのに・・・全部自分だけのせいにされてしまっていた。悔しかった・・・許せなかった・・・そして、とても悲しかった。この涙がいつ止まるのか・・・私には分からなかった。
****
「私・・・なんてズルいんだろう・・・。美咲ちゃん・・ごめん・・・。」
私は自分に戻り・・思い出した。
「ねぇ?聖ちゃん・・これはきっと大輝への天罰だよ!!このまま作戦を続行しよう!!」
「うん。私もそう思う!!」
私は迷うことなく美咲ちゃんに同意していた。私は作戦のあまりの結末に、私は自分の記憶を改ざんしていたようだった。
『私は悪くないもん。』その思いが、自分に都合の良いように記憶を摩り替えていた。
私は居た堪れなくなった・・・今すぐ美咲ちゃんに土下座して謝りたかった。
だけど、もう遅い。
私は死んでしまっていた。弱い私は・・また謝れなかった。
蹲り泣き続けていると、また一筋の光が射し込んできた。
射し込んだ光の中には、悲しそうな顔をした会社の後輩が立っていた。
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