第11話 Trauma

「ん?・・う・・ん。」


また誰かの叫び声が聞こえて来て目が覚めた・・・私はストレッチャーのようなベッドに寝ているようだった。


朦朧とした意識の中で声がする方に顔を向けると、短髪も眉も茶に染め、顎先に少し髭を生やし、切れ長の目をした如何にも危なそうな男性が騒いでいた。


よく見ると白い部屋で壁に向かって「もう殴らないで」と懇願していた男の人だった。


彼は後ろに見えるドアに入るのを拒んでいるようだ。


「はぁ・・いい加減諦めな。」


ため息をつきながら老婆がそう言うが


「うるせえ!!!!」


「くそ!!!何で俺がこんな目に合わなきゃいけねーんだ!!入らねーーって言ってんだろ!!俺は殺された方だぞ!!悪いのは俺を殺したあいつの方だ!!!!さっきの部屋でも何度も殴られて痛ぇし・・いきないボコられたり、、汚ねぇやり方しやがって!!・・・屈辱だ。屈辱以外の何ものでもねぇ・・・。」


男は親指の爪を噛みながら体を震わせていた。


「往生際が悪いねぇ。自分の事は棚に上げてすぐ他人のせいにするわ、妙にプライドは高いわ・・」


「ババア!!!喧嘩売ってんのか!?」


「自分で犯した罪を自分で受けても、まったく反省出来ないようだね?一度他人から受ける理不尽な暴力ってのがどんなに酷いものか・・・・心底味わい反省してきな!!」


怒りに満ちた表情で老婆が怒鳴った直後、男の足元に直径2mほどの穴が突然現れた。


「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・」




彼は穴に落ちていった。




「奈落というやつさね。」




私が唖然としていることに気づいた老婆は顔だけ私の方に向け、ニタリと笑いそう言うと歩き始めた。ストレッチャーが老婆に付いて行くように音も立てず動き始める。


なぜか急に睡魔に襲われた私は、逆らうことなく再び瞼を閉じた。



****



「う・・んん。」


次に目を覚ますと私は暗闇の中にいた。


「うぅ・・ひっく。」


子供が泣いている声が聞こえたので起き上がると、スポットライトのような光の中に男の子が1人うずくまっていた。


「どうしたの?どこか痛いの??」


私は立ち上がり男の子に寄り添うと、顔を上げたのは幼き日の弟だった。


「何で!?・・・・え!?」


驚いた途端、弟がフッと消え、胸の辺りに何かが入ってきたような感覚がした。


慌てて周囲を探したけど、今度はいつの間にか白い靄に包まれていた。




胸が苦しい。急に、心が押しつぶされるように苦しくなった。


「寂しい・・。えっ!?どうして??」


私に姉がいた記憶はないのに、姉がいる気持ちになった???


その姉に嫌われているんじゃないか?という不安な気持ちに襲われ始めた・・???




顔を上げると、靄の向こうに6歳頃の私がこっちを見ていた。


「ちょっとついて来ないでよ!」


「いやだ!おねえちゃんといっしょにいきたい!」


「いぃっっつもあたしのじゃまするからいや!!!ついて来ないで!!!」


「ごめんなしゃい、もうじゃましないから、おいてかないで・・・」


私の言葉を無視して、姉(私)が走って行ってしまう。


「ああ!!」


急いで追いかけるも、どんどん遠ざかっていく。


「待って、、、あ!!」


私は足が絡まり転んでしまった。


転んだ痛みで泣いても姉は戻ってきてはくれない。


起き上がり周りを見てみると、そこは知らない場所だった。もう家にもどう帰ればいいのか分からなくなってしまっていた。


・・・


歩いても歩いても見覚えのある場所に行き当たらない。


泣いても泣いても姉は迎えに来てはくれなかった。


寂しい・・怖い・・・


何より『姉に嫌われた。』そう思うと悲しくなった。


「うえええ・・・・おねぇちゃぁん・・。」


見知らぬ公園の遊具に身を隠し、泣き疲れた私は眠ってしまった。



****



「はっ!!!」


寂しい思いを抱えたまま、私は私に戻っていた。暗闇の中、私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。


「あんなに寂しくかったんだ・・・。」


昔の事をよく覚えている弟が「置き去り事件」と名付けた出来事だった。


実際、弟が行方不明になったと大騒ぎになり『母が110番通報をして交番のお巡りさんに見つけてもらった。』というちょっとした事件だった。


「そう言えば・・・」


私の就職が決まって一人暮らしを始める前に、弟と近所の居酒屋に飲み行ったことがあった。その時にこの事件の話になったことを思い出した。


****


『置き去り事件』の数日前に、父と私と悠斗の3人で24時間、警察の密着取材をする特番を見ていたらしく、その時


「パトカーはどうすれば来てくれるの??」


「悠斗、パトカーはあまり来ない方がいいんだぞ。悪い事するとお巡りさんが、パトカーに乗って捕まえに来るんだ。」


「つかまるとどうなるの??」


「裏の物置みたいなところに何年も閉じ込められちゃうんだぞ。」


「えーー!ボク悪い事しないからパトカー来ないもん!!」


とお父さんと話していたらしい。父はあまりその事を覚えていなかったみたいだけど、悠斗の中では


① パトカーは悪い人を捕まえにくる。

② 捕まったら閉じ込められる。


というイメージが出来上がってしまったらしく、遊具で目を覚ますと辺りはすっかり暗くなっていて、捜索していたパトカーが、パトランプを回しながら公園の周りを行ったり来たりしていたことが、もの凄く恐かったようだ。


「あん時、姉貴が警察に『俺が悪い事した。』って通報したのかも?って本気で思っちゃってさぁ。マジでビビッて。」


「はぁ!?」


「いや、『はぁ?』って言うけどあん時、俺4歳だぞ!!見つからないように隠れてたんだけど、公園の前にパトカー停まってさぁ。お巡りがこっちに向かって来たときはもう『牢屋に入れられるぅ』って!!」


「あはははは。」


「いや、笑うけどあの後パトカー見る度に泣いてたらしいぜ・・俺。」


「何それ、お母さんの証言??」


悠斗はジョッキビールを飲みながら頷いた。表情は笑っていた。


大学生になっていた悠斗は髪を伸ばし茶色に染めていた。美人な母親似の顔立ちは結構人気があるそうだ。高校まで野球を続けていたため、ずっと丸坊主で可愛かった弟だったのに、随分チャラくなってしまったものだと嘆いていた私だったが屈託のない笑顔は相変わらずだった。


「あんた小さい頃、強気発言するくせに恐がりだったもんね。」


「それな!小学の中頃までパトカー見るとビクッてなってた。こうなったのは親父と姉貴のせいだ!!ってしばらく怨んでたっけなー。」


「おー!恐ッ。」


そう言って私はビールを飲み干した。



****



笑って話していたけど、確かに悠斗はパトカーを見てビクッとなっては私を睨みつけていた。


「『怨んでた。』ってのは本当なんだろうなぁ。小さい頃のトラウマってなかなか抜けないって聞いたこともあるし・・・・・怨んでた・・かぁ・・・。」


私は老婆の言葉を思い出していた。


(今のも自業自得っていうものなのかな??・・・・いつまでも嫌な事ネチネチ覚えてて陰険なやつって思ってたけど・・・・あの時も、飲んでた時も私謝りもしなかったっけ・・・)


顔を上げて思い返していると、闇の中から1本の光が射し込んできた。


置き去り事件から少し後の悠斗が立っていた。それこそ怨んでいた件だった。その後も何度か弟(都度成長した)が現れた。


弟は全体的にサラッとした印象を持っていたけど、思っていたよりも繊細な部分を持ち合わせていた。ある時珍しく落ち込んでいたから、発破をかけるつもりで言った「男のくせに!!いつまでも落ち込んでいないでよ!こっちまで沈んだ気分になる!!」の「男のくせに」という言葉であそこまで傷付いているとは正直驚きだった。


とは言え、弟とのやり取りを反芻してみた感想は


「あまり良い姉じゃなかったなぁ。」と


「私って意地張って素直に謝れない人間なんだなぁ。」


だった。


そんな自分に落ち込んでいると、今度は2本の光が射し込んできた。


「お父さん・・・お母さん・・・。」


光の中に父と母が立っていた。泣きながらそう呼びかけたけど応えてくれなかった。思わず二人に駆け寄ったけど、悠斗の時と同じ様にフッと姿を消すと、二人が傷付いた時の気持ちが私の中に入ってきた。


両親は


「なんで私ばかり!悠斗を先に産んでくれたら良かったのに!!」


「この家に生まれて来なきゃよかった。」


「うざい!!キモイ!!」


「お父さんには私の気持ち分からないよ!!!もう嫌い!嫌い嫌い嫌い!!どっか行って!!」


等々、売り言葉に買い言葉で放った言葉や、つい感情的になって言ってしまった言葉にたくさん傷ついていた・・・胸をえぐられるような思いを何度もしていた。思春期で感情がコントロール出来てなかったとは言え、なかなか酷い言葉を親にぶつけていた。


「生まれて来なきゃよかった。」は母にとってトラウマになってしまったようだし、父は私が無視を決め込んでいた時期が一番辛かったようだ。靄の中で本当に身に沁みた・・・。


「お父さん、お母さん、、、ごめんねぇ・・・ごめんなさい。」


私は謝罪の言葉を何度も口にしていた。





「あ・・。」


謝罪を口にしてから少しすると、両親が現れた場所より若干遠くの位置に一本の光が射し込んだ。そこに立っていた女の子は私が通っていた中学校の制服を着ていた。


女の子がゆっくり近づいて来る。




「み、、美咲ちゃん!?!?!?!?」


バッと顔を上げた彼女は、悔しそうな表情で私を睨みつけると、突然私に向かって走り始めた。

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