第13話 色欲
僕は裕子さんの全てを愛している。
気立てが良くて美人で淑やかで、それでいて夜は・・・僕は彼女と結婚出来て幸せ者だ。
彼女の笑顔があればどんなにキツイ仕事だって苦にならないんだ。取引先の社長に無理難題を求められても全然平気だ。ウチの技術を信頼してくれている山岸社長の期待に応えたいのは勿論だけど・・・何よりこんな大手とやり取りしている僕を妻は褒めてくれて、そしてとても喜んでくれているのだから!!
ザ・・ザザーーーーーー
はっ!!あれ?おかしいな??
・・昔あった真夜中のテレビの砂嵐のような映像が頭を過った・・
あ!いけない!急いで取引先に向かわなきゃ!
えーーーっと、ああああ!遅かった。乗るつもりのバスを逃してしまった。間に合わないからタクシーを拾わなきゃって・・あれ??裕子さん??
いや、見間違いかな??あんな派手な服装とメイクをする彼女は見たことないし、若い男性と腕を組んで歩いてたから他人の空似だろう。帰ったら今日裕子さんにそっくりな人を見かけたって話そう♪
ザ・・ザザザーーーーー
「ねぇ??浩二さん・・。」
裕子さんが誘ってくれている。気持ちは凄く盛っているのに体が追い付かない・・・働き過ぎだろうか??
「ごめんね、裕子さん。僕も凄くしたいんだけど・・疲れてるみたいだ。」
「そう・・。」
ああ!とても残念そうな顔をしている。ホントごめんね・・今日はゆっくり休んで明日こそは・・。
ザ・・ザザ・・ザザザザーーー
あれ??裕子さんのスマホに山岸社長から電話が掛かってきている・・この番号・・僕は知らないなぁ。
「せ、先日のホームパーティであなたが電話に出れない時に、仕事で何かあると困るから念のためにって私の番号聞かれてたの。さっきのは間違えて掛けたみたいよ。」
そうなんだ!社用と私用とで携帯分けてるのかな?こっちの番号は知らないから、後で山岸社長に教えて貰おう。
ザ・・ザザザ・・・ザーーー
え??山岸社長無罪になってホッとしたけど、いっぱい不倫してたの??しかも携帯もそれぞれに用意してたって・・まさか・・あの時の番号って・・。
ザザザ・・ザザーーーーーーー
信じてたい・・だけど、疑ってしまう。山岸社長が捕まった時、裕子さんは凄く動揺していた。僕の大事な取引先の社長だからかな?って最初はそう思ってたけど・・無罪の報道を見てから『不倫していたからじゃないか??』って・・そう思い疑い始めてしまった。
派手な裕子さんに似た人を見た話をした時も動揺していたように見えた。
まさか・・でも信じたい・・・胸が苦しい・・愛しているんだ・・裕子さん・・。
ザ・・ザザ・・・・・ザーーーーーーーーーーーー
裕子さんが習い事を始めた・・・毎週火曜日の昼間に習うから僕に迷惑が掛かることは無いって、僕のためにもっと料理が上手になりたいって言ってくれた。
でも、新しいレパートリーはそこまで・・・前の裕子さんの料理の方が僕は好きだな。
ネットで調べると料理教室の先生はかなり男前の人だった・・・本当に料理を習っているだけなのかな??
ザ・・・ザザザザ・・ザーーー
最近気づいたけど、木曜日の夜はいつもベッドが綺麗に整えられていた。いつも汚いってわけじゃないけど・・よくよく思い返してみれば1年位前から木曜日の夜は特に寝室もベッドも綺麗になっていたような気がする。
毎週木曜の昼間に・・ナニカシテルノ???????
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僕は次の木曜の日中に、仕事を抜け出し家の様子を見に来ていた。
玄関にボクノモノジャナイ・・クツガアル・・・
僕は・・恐る恐る・・寝室のドアを開けると、そこに貪るように男に抱き着いていた・・・妻は・・・ボクハ・・ツマハ・・・ボクノ・・妻は、
私だった。
「あああ!!!なんでだああああああああああああああああああああ
****
あああ・・いやあああああああああああああああああああ!」
私は信じて愛していた人の裏切りに絶望し、怒りに狂い、目を覚ました。
「はぁっ・・はぁっ・・はぁっ。」
これで自分の意識に戻るのは何回目だろう。散々男たちを弄んできた私は、悲しみや苦しみ、怒りを・・・彼らの思いをいっぱい味わっていた。そして男を奪われた女達の怨みも・・。
私は人より性欲が強い人間だったと思う。そして周囲の女友達より色気がある事を自覚していた私は、自分の欲を満たすために学生の頃からたくさんの男たちを誘惑していた。
そんな中、私が30歳になる頃に職場の同僚から一人の男性を紹介された。
「あんたもそろそろ腰を落ち着けたら?」
その言葉を彼女は慣用句的な意味で使ったのだろうけど、私にはある意味嫌味に聞こえてしまってイラっとしたのだった。
だけど、紹介された男性はとても純粋で、破顔という言葉がしっくりくる可愛い笑顔の持ち主で優しく真面目な人だった。付き合い始めても、私をずっと『裕子さん』と呼び続けてくれる彼は愛おしかったし、そして・・何より経験は少ないと言いながら夜は絶倫だった。
この人しかいない!!そう思った私はその男性と・・浩二さんと結婚した。
けど・・結婚してしばらくすると、彼の仕事が忙しくなり回数が減っていった・・私は自分の欲を押えられなくなってしまった。彼が私を構ってくれなくなったから・・でも・・そんなの言い訳ね・・あれだけ自分が散々してきた事を突き付けられたのに・・。
自分の欲を満たす事に夢中で、相手の気持ちなんてあまり考えていなかったけど、自分がその立場になると、とても辛いものがあった。
「浩二さんで最後なのかな??それにしても私って最低な女ね・・・。あの後縋らないで、浩二さんから離れるべきだったんだわ。彼をより苦しめてしまった・・・。」
そんな私に酷い仕打ちが待っていた・・・私の胸の辺りから光の粒が溢れ出すと人の姿を形取った。
私の目の前に結婚したばかりの頃の・・屈託のない笑顔を浮かべた浩二さんが現れた。
『僕は裕子さんの全てを愛している。』
え!?!?止めて!!なんで今あの頃の浩二さんを・・
『彼女の笑顔があればどんなにキツイ仕事だって苦にならないんだ。』
『僕は彼女と結婚出来て幸せ者だ。』
「あ・・・・待って!!!ああ・・・。」
あの笑顔を私に向けたまま彼の姿は光の粒に戻り、散り散りになって消えてしまった。
「わたし・・どうして・・・。」
浩二さんの心からの私への想いに打ちひしがれ・・・・・・・嗚咽した。
「う“ぃう”・・・う“うあああああああああああああああああああああああああああああ。」
泣き疲れて抜け殻のようにぼーっとしていると、また一筋の光が闇に射し込んできた。
「ああ・・そうね・・。あなたがいたわね・・・。」
次は、浩二さんに見つかった時に一緒にいた青年がそこに立っていた。
彼は顔を上げて私を睨みつけると、私に向かって走り始めた。
私は目を閉じ両手を広げ、彼の怨みを受け止める覚悟を決めた。
****
「ふふ、また来週ね。」
そう言うと裕子さんは玄関で俺にキスをしてきた。へへ・・また早く木曜日にならないかな。
木曜日の講義は午前のものを受けていれば問題なかった。そして午後はコンビニバイトのシフトも入っていない日だった。俺は毎週木曜日の午後、裕子さんと逢引していた。と言っても最近は彼女の家でだったけどwww
裕子さんと初めて会ったのはバイト先でだった。商品の陳列をしている時に、過って落としてしまった商品を拾ってくれたのが裕子さんだった。
その時の事は今でもよく覚えている。
商品を取ろうとした俺の目の前にすげーエロい下着が現れた。屈んで商品を拾ってくれた裕子さんのスカートの間から下着が丸見えだった。俺は慌てて目を逸らしたけど、ごくっと喉を鳴らせてしまったのを彼女に聞かれたしまった。
妖艶な笑みとはこの事言うんだろう・・30歳前半くらいに見えるその女性は、そう思っちゃうくらい魅惑な笑みを浮かべていた。その時はそのまま帰ってしまったけど、別の日にトイレ掃除をしていると、トイレ通路のドアが開いた音がしたので、通路を覗くと裕子さんがそこに立っていた。
「あ!すいません。俺、ドアに掃除中の札出すの忘れたみたいですね。」
「ちゃんと札掛かってたわよ。君が掃除しに入るところを見たから来たの。」
「へ?」
またあの妖艶な笑みで彼女はそう言うと、俺に近づき耳元で囁いた。
「もう少しでバイト終わるんでしょ?終わったら少し私に付き合わない??」
俺はまた、ごくっと喉を鳴らせてしまった。
・・・
うーーん・・良かった。すごく良かったんだけど、事が終わるとベッドの上で彼女には旦那さんがいる事を知った。少しショックだった。
年齢は35歳と言っていたけど、それより5、6歳は若く見えた。
裕子さんの旦那さんは人柄がよく、何より絶倫で、そこに惚れて結婚したらしい・・・だけど仕事が忙しくなると稼ぎは良いが、夜なかなか構ってくれなくなったみたいだ。
そこでお声が掛かったのが俺だったという訳だ。
裕子さんは性欲が強い女性らしく、耳元で『疼くと我慢出来なくなっちゃうの。』と囁かれてゾクッとしてしまった。旦那さんのために前は結構我慢していたらしいけど・・・欲に歯止めが効かなくなってしまったそうだ。
そこから裕子さんとの関係が始まった。最初はラブホに行っていたが一度家に誘われると、その後はずっと家でするようになった。
いつも旦那さんと寝ているベッドでする事がスリルでさらに興奮するらしい。
俺はどんどん彼女にのめり込んでいった。している時に『本気になりそう。』と言われて俺は有頂天になった。旦那じゃもう彼女は満足出来ない!俺なら裕子さんを満足させられる!裕子さんは俺に惚れ始めている。彼女の笑みと、こぼれる言葉・・そして乱れた行為は俺にそう思わせるには十分だった。
しかし彼女にとって俺は性欲を満たすだけの玩具だったみたいだ。
ある日、遂に旦那さんにしている所を見られてしまった。
「なんでだあああああああああああああ!!」
旦那さんが狂ったように叫んだ。
「待って!!!!違うの!!!!!こんなの違うのよ!!!!」
裕子さんもそう叫んだ。
彼女は俺を突き飛ばすと服を取り、旦那さんを追いかけて寝室を出て行った。
こんなの????って何だ?
ベッドの床に転げ落ちた俺は訳が分からなくなっていた。あれだけ最高だと、もう離れられないと言っていたのに・・・あんなに強く俺を求めていたのに・・。
俺のズボンのポケットには、何か月もバイト代を貯めて買った指輪が入っていた。
『あんた、思い込みが激しいとこあるから気を付けなよ!』
前に姉貴にそう言われていたのを思い出した。
「ははは・・・馬鹿だなぁ・・俺・・本気になって。」
俺は自分の馬鹿さ加減に泣けてきた・・・胸が激しく痛んだ・・・そして虚しくなって、ふらふらともぬけの殻となった彼女の家を出て行った。
あれから数日後、何のやる気も無くなってしまった俺はバイトを辞め、大学に休学届を出し、実家に戻ることにした。
休学届を出した次の日、駅にいた俺は新幹線が来るまで時間があったので待合室でテレビを見る事にした。テレビには見慣れた家が映っていた。毎週木曜日に通っていたあの家だ。
昨夜、夫が妻を刺殺したとニュースキャスターが状況を説明していた。
「ざまぁみろ・・・」
俺はポケットの指輪を握り潰しながらそう呟いた。
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