サンバ

 軽快なリズムが心地いい。リズムに合わせて、心も弾む。夢中になってフロアを巡る。


 何かを考える隙すら与えてくれないので、もう踊る事しか考えられない。これ以上ない笑顔でクリスクロスボタフォゴでポーズをキュッと数回、短く決める。


 あかりは、大学の競技ダンス部に入部している。大学生活は、充実も充実。

 別に今まで充実していなかったわけでもないけれど。


 ただ、大学に進学することを決めたものの、何を目指したいのかわからなくて。とりあえず、文学部へ。

 法学部とか経済学部とかは、何かしら人生設計を立てた人が集まる気がしたし。そんな生徒が集まるところに馴染める気が全くしなかったから。


 ずいぶん後ろ向きな考えだな、と自分が少し嫌になるけれど。古典文学が好きで得意だったことも多少はあるから、後ろ向きとは言い切れないはず。自分に言い聞かせる。


 大学の入学式では、大学の入り口に辿り着くこともやっとな程のサークルの勧誘にもみくちゃにされ。あぁもう、スーツも気崩れちゃったじゃない!どこにも入ってなんかやらないんだからね!なんて、思った。


 ではなぜ、あかりが競技ダンス部に入部することを決めたのか。


 答えは単純。彼氏がそこに所属しているから。


 入部する時は付き合ってはなかったけれど。校内の食堂で相席になり、ぽつりぽつりと会話をするうちに、不思議と話が盛り上がり、互いに好意を持った。

 恋愛って、ちょっとしたきっかけで、したりするものでしょ?


 そんなわけで、競技ダンス部に入部。そのままペアに。


 私の大学生活って、すっごい充実してる!


     ♪


「サンバぁ?」高校時代の友人、由香が目を丸くして、すっとんきょうな声を出した。


「何?羽みたいなのつけて、浅草で踊るの?」と、その姿を想像したかのように必死に笑いをこらえて続ける。


「違うわよ!競技ダンスの!サンバ!チームでサンバを担当するの!」私は、返す言葉に少し力が入ってしまった。

 確か、競技ダンス部に入ったことは前に伝えたと思うのに。


 けれど、私も何故だかサンバカーニバルの衣装に包まれた自分を想像したら……そりゃ、笑っちゃうわね。あんなセクシーな体型じゃないもの。

 割らないままの割り箸に、大きく派手な羽のようなものをつけた姿。さらにいうならラテンダンスの衣装よりも、もっと露出度の高い衣装が似合うとは到底思えなかった。


 なんとなく由香の言葉から色々な踊りを披露するお祭りを思い出した。サンバカーニバルはお祭りではないかもしれないけれど、阿波おどりやよさこい祭りにねぶた祭り。それぞれ色々な魅力があるけれど。

 観客を楽しませることができて、間近でその楽しそうな観客の顔を見ることができるのは、とても楽しそうかも。


 そう思いつつも、まだ競技ダンスはまだまだ技術も未熟なものだから。


 まずは、競技ダンスをちゃんとやりきらなきゃね。チームで参加する大会で担当になった、サンバをやりきらなきゃね!


 そんなことを考えて、私が適当な相づちになってしまっていることには気が付かず、由香は楽しそうに所属しているテニスサークルの話している。


     ♪


 翔と私は、部活を終えて一緒に手頃な定食屋さんに入る。散々動いたので、ぐったりしつつもお腹が空いていた。疲れていて、かなり眠いけど。


 ダメだ、味が全くわからない。身体が重い……と思いながら味が濃いめの煮付けを口に放り込む。どうやら、翔も同じく疲れて眠いらしく、やけに食べるのが遅かった。


 世の中には疲れてる人がたくさんいるとはわかっているけれど。


 翔と私が、同じように努力して、同じように疲れていることを少し幸せに思った。


 私だけが辛いんじゃない。疲れてるんじゃない。同じ時間を共有している私達は、一人じゃない。大丈夫。


「翔!今日は早く食べて、早く帰って寝よう!」


 私が声をかけると、うつらうつら食べていた翔が、ビクッとした。その様子に少し笑う。


「そうだな……うん!また明日の練習に備えないとな!」


 早食いは消化には良くないのだろうけれど。初めて「大会に出場する」のだから、本当なら食事も寝るのも惜しいくらい。


 でも、身体ありき。体力ありき。

 基本ステップと同じ。基本は怠ってはいけない。何事も基本は忠実に。でなければ、人目を惹くようなダンスを踊ることなんてできやしない。


 私達は食べることだけに集中して、早々に家に分かれて帰った。


 毎日ギリギリまで練習を続けた。私達のサンバを、より魅力的な完成度の高いものにする為に。皆の足を引っ張らないように。


 そして『皆で優勝する為』に。


     ♪


 緊張する……震える。


 こんなにたくさんの人が見ている中で踊るの?

 間違えたらどうしよう……いや、絶対間違える!


 チームメンバーも初めての大会参加者が多い同学年。一様に笑顔が全くない。ガチガチだ。

 ただ、一組だけは違った。チームの最後に踊るパソドブレ担当のペアだけは。


 そのリーダーは、この大学にスポーツ推薦で入った期待を一身に背負って、結果を残さなければという立場。

 けれど、そんなことは全く気にしないようだ。幼少期から競技ダンスをしていたと聞いたことはある。


 彼は言う。

「曲が流れたら、楽しく踊ることだけを考える。笑顔は意識しなくても、自然と出てくるよ」


 隣の彼のパートナーは

「リーダーを信じて、お互いを信じて。今までの練習通りに踊るだけ……」

 と、控え目に発言した。


 そして、彼がまた言う。

「俺達はチームだ。種目はそれぞれだけど、曲と自分の気持ちをリンクさせる。誰かがミスして、審査員にマイナスをもらったとしても、そのマイナスはきっと誰かが取り返す。自分達の種目にベストを尽くすだけだ。ただ、気負いすぎはやめような!」


 なぜか彼らの一言一言が、すんなり心にするりと落ちてきて。


 皆は、合図したわけでもないのに、皆で顔を見合わせて。

 そのあと、私と翔はお互いを見て、二人でニッコリと笑顔を浮かべ、手をぎゅっと握った。


 全員で円陣を組んで。皆の顔を見回して、もう硬い表情のメンバーはいない。


「優勝するぞー!!!」

「おーーーーっ!!!」


 大丈夫!もう楽しむだけ!


     ♪


 私達が呼ばれ、手を繋いで観客席に手を振るように入場をする。


「あかり、信じてる!」

「翔、信じてる!」


 ぎゅっと互いに手を握り、その手を離して二人で並んで立つ。


 きっと、サンバの曲が流れたら、踊れる。いつだって明るくパワフルに、心の天気を晴れにしてくれる。


 曲が流れる時間が長く感じて、私の心いっぱいに早く踊りたい気持ちが溢れて鼓動が高なる。これが、高揚感?


 曲が流れてすぐに、手を少しだけ合わせてから私達は一気に動き出す!


 サンバ独特のバウンス・アクションはさらに私の溢れる気持ちを高揚感をさらに大きくさせる。


 サンバホイスク、サンバウォーク……基礎はきちんと。クリスクロスボルタで会場を巡りながら、リバースロールにマンボーステップ!あぁ、楽しい!気持ちいい!


 離れた観客席の人達も、応援してくれている部活メンバー、家族や友人も、きっと楽しんでくれている!何故だかそう思った。

 翔と踊る楽しさ!幸せなのと楽しいのとで、本当に心から自然と笑顔が溢れる。私達、とっても今この瞬間、楽しいのよ!


 そして、私は誰かにではなく、観てくれている人たちへ……


 今まで一度もしたことのないウインクを

 

 パチッっとダイナミックなポーズと共に決めた。


 どう?私達、キマッてるでしょ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る