第3話

 教卓の前に座り、クラスを見守っていた荒史あらし先生に事情を話して、ボクと愛泉手あいみては教壇に立った。


「みんな、ちょっといいかな」


 ボクの言葉に、それぞれ話し合ってざわついていた教室が一気に静まり、100近くの瞳が向かってきた。


 こうして少し高い教壇からクラスを見回すと、結構色々なことがわかる。

 誰と誰が目配せをしてやりとりしているのか、どのくらいの注意力でこっちを見ているのか、目をそらして内職をしようとしているやつなんかは目立つし一発でわかる。


 それにボクが培ってきたクラスメイトのデータを合わせれば、教室内の動向は手に取るように分かるはずだ。

 教室内には、口には出さないけど「一体何をしでかすんだ?」という期待に満ちた空気が蔓延し、そのプレッシャーに口が乾いた。


「みんなと同じように、ボクの夢の話を愛泉手にしたんだ。ボクは、人の役に立ちたい。人に喜んでもらいたい、そういう夢を持ってきた」


 クラスメイトたちは半分くらいが感心して頷き、半分くらいが胡散臭そうに目を細めた。


 まぁ、そうだろう。


 ボクはこれまで、それほどクラスで目立つような行動を起こさないで過ごしてきた。

 特に仲がいいというような友達もいない。

 そんな地味キャラのボクが突然主張をし始めても、まずみんなはボクのキャラクターをつかむのに戸惑ってるはずだ。


 だからこそいい。


 今回の主役はあくまで愛泉手だ。ボクは影の軍師にすぎない。

 ここでボクのキャラクターが主張しすぎてもよくない。


「それで愛泉手の夢を聞いたんだ。愛泉手の夢は、今、ボクらが叶えられることだった。むしろボクらにしか叶えられない。この先、進学したり就職したりするだろう、そうした時に叶えられるという保証はない。でも、今なら、ボクたちならば協力できる。だから、こうしてみんなに頼む。愛泉手の夢を叶えてやらないか?」


 胡散臭そうにしていた中で、拍手が響き、それは肯定的に広まっていった。


「はい。愛泉手さん。じゃ、どういうことかみんなに説明してもらえる?」


 荒史先生がそう言って教卓に愛泉手を誘った。


「私……」


 愛泉手は俯いた。


「私……」


 愛泉手はボクの方を向いた。


「頑張れ、愛泉手。大丈夫」


 ボクは声をかける。


「……裸の姿を見て欲しいんです」


 沈黙、やがてざわつき。

 そして嬌声、口笛まで聞こえる。


「いいぞー、脱げ~!」


 下品な野次まで飛んできた。


 その瞬間に自分でも予想していなかった怒りがボクの心を支配した。

 なんでそんな短絡的な思考なんだ。

 本当に脱ぐわけがないだろ。

 バカにも程がある。

 中学生にもなって比喩表現というものを理解できないのか。

 常識で考えてみろ、中学生の女子がクラスメイトの前でストリップまがいのことをするわけがないだろう。

 なんといってもここは教育の現場だ。

 あまりのバカに対して失望したボクは、さっそく愛泉手のフォローに入ろうとした。


 愛泉手を見ると、襟のリボンを外してボタンに指をかけていた。


「何やってんだ、愛泉手」

「え、だって脱いでもいいって言われたから」

「はっ!? そうじゃないだろ。本当の愛泉手の姿を見てもらうんだろ」

「うん。みんなの視線を一気に受けて、身を焦がしたいの」


 ボクは口をだらしなく開けたまま、表情を作ることさえ忘れて固まった。

 比喩じゃなかったのか。


「……文字通り、本当に裸になるってこと?」

「最初からそう言ってるよ。鯉須町こいすちょうくんのおかげで勇気が出た。応援してくれるんでしょ」

「あ、あぁ。もち、もちろん。そりゃ、応援するけど……」


 自分の気持を整理する前に、とりあえず口先だけで肯定してしまう。


「ちょっと待ってください」


 女子生徒の一人が立ち上がって声を上げた。


「バカなことはやめて。ここは学校よ。HRとはいえ授業中です。なんでストリップを始めるんですか。おかしいでしょ」


 確かに正論すぎてグゥの音も出ない。

 そんなことはボクが聞きたいくらいだった。


 確かにボクが言い出したことだけど、まさか本当にこんなことだとは思わなかった。


 いくらボクが軍師になれば、それなりの結果をと言っても、目的地がまったく違うところに設定されてれば無理な話だ。

 学校でクラスメイトに裸を見てもらう、なんてのは、説得とかそういうレベルの問題じゃない。


 愛泉手はそんな意見を聞いて、毎週楽しみにしていたテレビ番組が駅伝で中止になったかのような顔でボタンをかけ直した。


「やっぱり、そうだよね。こんなのおかしいもの。バカなことだもの」


 瞳が潤んでいる。


 その姿に心がスーツケースに入れられた7泊8日分の着替えのように締め付けられた。

 ボクは一度は協力すると言って無理に彼女を担ぎあげたわけで。

 今、愛泉手が味わっている悲しさは、ボクのせいなのだ。

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