第2話

「裸の私を見て欲しい」


 この言葉を文字通りに受け止めるようなバカはいない。

 中学生ともなればそれが比喩表現ということだって十分にわかっている。


 「うっひょー、裸、見たい見たい」なんて小躍りする道化的な返しもボクのキャラ的にはできないし、「人の喜ぶ顔が見たい」だなんて、格好つけた夢を口にしてしまった手前、聞き流すわけにも行かない。


 この場合、意味としては『ありのままの私』を見て欲しいということだろう。


 人前でどうしても、『嘘と言わないまで演じてしまうような偽りの姿』というのはある。

 さっきボクが印象を良くするために言った言葉だって、まさにそれだ。

 そんな嘘を乗り越えて、本音の部分、自分の一番繊細な部分に触れて欲しいという欲求は理解できる。


 特に愛泉手あいみてのような引っ込み思案のタイプは、言いたいことも遠慮してしまったり、周囲のことを必要以上に気にかけすぎてストレスを貯めたりすることは多いはずだ。

 きっとそれで悩んだり悔やんだ事が多かったのだろう。


 そして、ボクの言葉に触発されて、勇気を振り絞って一歩を踏み出したのだ。


 よくぞこのボクに話してくれた。

 これは運命と言ってもいいだろう。


 ボクは確かにクラスでも目立つタイプじゃない。

 おどけたり、強く出たりすることもない埋没したタイプだ。

 しかし、それゆえにクラスメイトの人間性を誰よりも観察している。

 人間関係や性格を掌握し、誰にどう働きかければアクションが起こせるのか常にシミュレーションをしている。

 このクラスにおいて、事をなすための軍師としてボクほどふさわしい人物はいないだろう。


「わかった。愛泉手の夢のために協力しよう」


 ボクは思慮深そうな表情を作り、肯定的に返事をする。


「できればみんなにも見てもらいたいの」


 愛泉手は友達の家でおかわりを要求するように、恥ずかしそうな顔でそう続けた。


 もともと肌が白いだけに照れて赤くなるのがよく分かる。


 その気持もよく分かる。

 だけど、やっぱり残念だった。

 できればボクだけに見てもらいたい。特別なあなたに見てもらいたいの。という、方が嬉しいに決まってる。


 ただ、ボクと愛泉手は席が隣というだけで別にそれまで特別に親しい間柄でもなかったし、たまたまこういう機会があったからこその展開であって、それ以上の情はまだなにもないのは当然。


 しかし、これを機会に急接近する可能性はないわけではない。


 それに口先だけで言ったものの、ボクの「協力する」という言葉に素直に喜んでくれたことは嬉しかった。


 自分の行為によって他人が喜んでくれる、それがこんなにも嬉しい事だったとは。


「わかった。だけど難しいことだと思う。裸の姿を見せるのにはリスクを伴うし、きっと愛泉手自身も傷つく可能性がある。服を着るように取り繕っているからこそ、円滑に進む人間関係というのはあるからね。だけど、それでも愛泉手は見せたいんだね?」

「うん。恥ずかしいけど」

「どうせなら、HRだし、みんなに聞いてみないか? 自分の本当の姿を見てもらえないか」

「え、でも……急にそんなもの見せたら」


 愛泉手は予防注射の行列に並んで強がっていた子供が、いざ自分の順番になった時のような感情の急降下を見せた。


 確かにボクに告げるだけでも大変な勇気が必要だっただろうに、さらにみんなにまでとなると二の足を踏んでしまう気持ちはわかる。


 しかし、他でもないこのボクに打ち明けてくれたんだ。

 ボクならできるという、自負心はあったし、どうせだったら愛泉手の勇気に報いる結果をあげたかった。


「急に出したら、それがどんなものでもみんな混乱するだろう。だからまず話し合おう。愛泉手の本当の姿を見せてもいいのか。ちゃんと話しあえばみんなわかってくれる」

「わかってもらえるかな、自信がないな」

「そういう自信のない部分も含めて見せなきゃならないんだろ。大丈夫、ボクがフォローする。絶対に」

鯉須町こいすちょうくん……」


 こうして愛泉手の願いを叶えるために、そしてボク自身がちょっと格好をつけるための戦いが始まった。

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