第4話

 教室内は騒がしいまま、ボクと愛泉手あいみては行き場をなくして教壇で立ち尽くしていた。


 男子生徒の中の一部、調子に乗りやすいタイプはにやけた顔で口笛を吹いたりはやし立てたりしている。

 そして生徒の多くは、明らかに嫌悪感を顔に出して言葉にしないまでも感情的に否定していた。


 こんな中で愛泉手が脱ぎだしても、晒し者になるだけで彼女が望んでいるような形にはならないだろう。


 愛泉手には申し訳ないことをしてしまった。


 ボクの軽率さが彼女を傷つけたのだ。


 そう思い、愛泉手の顔を覗き、ボクはショックを受けた。


 うつむくわけでもなく、まっすぐに教室内を見つめていた。

 手は制服の裾を握りしめ、瞳は潤んでいる。

 目の周りが赤くなり、唇の端がわずかに震えている。

 それでも、泣き喚くわけでもなく、被害者ぶるわけでもなく、可哀想な私を演出するわけでもなく。

 自分の気持ちを受け止めてもらえなかった現実を、全身で受け止めていた。


 あの、愛泉手が。

 人呼んで『はにかみプリンセス』の愛泉手が。


 大人しく、自分から飛び込むような事はせず、巻き込まれた状況の中でオタオタと困ってしまう。そんなイメージしかなかった愛泉手が、自分の意志を主張し、そして逃げることなく立ち向かっている。


 そんな、強い覚悟を抱いた愛泉手の夢を叶えるためにボクが何をしただろうか?


 いや、まだ何もしていない。


 愛泉手がどんな理由で裸になりたいのかは理解できない。

 でも、その決意の重さは十分伝わった。


 ボクにできること、そしてボクがやらなければいけないことは、自分の言った通り、愛泉手の夢を後押しすることだけだ。


 賛成っぽい声を上げてるのは男子生徒の中でも半分くらい。

 その理由はただ単に裸が見たいだけだろう。

 残りの半分の男子生徒は、裸が見たいと言う気持ちがあっても、クラスメイトの前でその気持ちを言うことはできないという自意識に押さえつけられてる生徒だ。


 逆に女子生徒はほとんどが強固に反対をしている。

 これは集団での協調を重んじる女子特有の空気を読んだ結果なのかも知れない。

 そこに糸口があるような気がするのだ。


 本心から見たくないと思ってる人間よりも、見たいと表明することによる不都合を危惧している生徒のほうが多い。

 これをこっち側に付けさえすれば、そして一定数以上の賛成派が増えれば、それに同調するものも増えていくはずだ。


 ボクは教壇に立って両手を大げさに教卓に打ち付けた。

 その音で教室内は一瞬静まり返り、視線がこっちに集中する。


「まず、このことの意義を伝えたい。愛泉手が望むのは裸になることです。つまり全裸です。下着姿なんていう中途半端なものじゃない。完全無欠の裸だ。言ってみれば、これは芸術じゃないんですか。彼女は芸術の象徴となりたがっているし、ボクたちにとってはそれはある意味芸術に触れるいい機会、教育です。だから授業で行う意味はあります。これは学校でやるべきことなんです。むしろ、学校以外で、その辺のカラオケボックスなんかで特定の人間だけ集めてやったらまったく意味が無い。美術で裸婦のデッサンをすることくらいみんな知ってるでしょ。あれはエロい目的でやってるわけじゃない。人間の筋肉、しなやかさ、美しさ、それを観察し、手に入れる。それこそが学びだからです。エロいからダメなどというのは無意味な反論にすぎません」


 もちろん口からでまかせだ。


 しかし、それらしい理由を打ち立てれば、雰囲気に流されて反対しているものは立ち止まるかもしれない。

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