第12話 終焉


 ここに来られるのは、同じように帰れる人間だけだと今言ったのではないか。

 なのに何故、そんな悲しいことを言うのだろう。


 手前の家に招いて、くだらない事でも語り合いたい。



「…どういうことですか先生。」



 これは、中々に悪質な冗談だ。



「言ったはずだよ、どんなことにも例外は存在する。

あっしは高望みが過ぎた。

この川から出れば、暴走してしまう。

ここに来たばかりの時、ご近所くんもその身をもって知ったろう?」



 それは、ほおずきの言葉を思い起こさせた。

 お人好しが故、身を堕としたが故。



「とにかく、できるだけ急いだ方がいい。

死を気取られてしまえばそれまでだ。」


「先生も一緒に行きましょう…!」


「ご近所くん、しつこい男は嫌われるぞ。

いいかい?地上に出たら、の花を探すんだ。」



 先生は、端から共に行く気はないらしい。

 あくまでここに留まる心持ちの様だ。


 立ち上がった先生は、手前達も立たせると、グイグイと背中を押して進ませた。


 そうして連れて行かれたのは、巨大なカラクリの前だった。



「これは…エレベーター?」


「そうだよ。これは河原に繋がっている。

を持って川から離れるんだよ。」



念を押すように、何度も同じ言葉を繰り返す。


相当心配されているらしい。



「…じゃあ、これでさようならだ。

ふたりとも、会えてよかったよ。」



 先生がそう言うと、カラクリの扉が開いて手前たちはそれに乗り込んだ。


 先生はぎこちない笑顔で手を振る。

 手前も、不自然すぎるくらいに口角を上げた。



「先生、手前はまた会いに来ます。

その時は必ず、先生を連れていきましょう。」


「はは、楽しみにしているよ。」



 そうして、“えれべえたあ”の扉が閉まった。

 隣の少女は、今貰った本をぎゅっと抱きしめている。


 “えれべえたあ”の中は薄暗く、狭い。



「それは、なんの本なのかな。」


「え…と…万事屋が人魚に会いに行くお話みたいですけど…これって手書きですよね?」



 頼りない“えれべえたあ”の明かりに本をかざしてみると、まだ新しい筆の跡が残っていた。


 それにこれは、先生の文字だ。




 河原に着くと、その場所一面にホオズキの花が咲き乱れていた。


 オレンジ色が、暗い河原によく映える。

 けれど、ホオズキは河原に咲く花だったろうか。



 ホオズキを二本ほど摘み取ってから、先生の書いたであろう本に目を向けた。


 それは、少女が大切そうに持っていて、よくよく見てみると表紙絵にはホオズキの絵が描かれている。


 提灯のように淡い光を放つホオズキの花。

 それは、今手前が持っているものにそっくりだ。



「最後に聞いてもいいかな、君の名前。」



 ホオズキの灯りを道にかざしながら川のない方へと進めば、川が追いかけてくることは無かった。



「私は…穂月ホヅキです。稲穂ので穂月。

あの、貴方は…?」



 やがて川が遠くなり、霧が出てきた。

 手前が名乗ると、穂月は唇に乗った紅を人差し指でなぞり、先生の本の片隅にそれを書く。


 ホオズキの花の淡い灯りが本を照らすと、紅がキラキラと輝いて見えた。



「私、もう死のうとなんてしません。

自分の人生を他人のために犠牲にするのは勿体ないですから。」


「その意気だ、穂月。

もし焦ったら、その本を読むといい。

先生の書いた本は面白いから、きっと落ち着けるさ。」



 手前らは、同じ方向へと歩いて行った。


 やがて霧は濃くなり、ホオズキの灯りが無ければ進めぬ程にまでなった。





──






 そうして霧を抜けた先、そこに穂月の姿はなかった。



「おい兄ちゃん、大丈夫かい?」



 ズキズキと痛む頭を左手で抑えれば、大きなたんこぶが出来ていた。


 右手には、強く握られたホオズキの花。


 穂月は、無事に帰れただろうか。



「兄ちゃん?」


「あ、あぁ、すまない。

依頼だけど、まだ少しかかりそうだよ。」


「…そうかい。まぁいいさ。

いつか連れ戻してくれるんだろう?」



 依頼人の男はそう言うと、辺りに散らばる赤い薔薇を拾い集めた。

 赤は穂月の紅を思い出させる。


 穂月は今頃、何をしているのだろう。



 …そうだ、今日の不思議な出来事を本にしてみようか。


 だが、家に着いたらまずは欅の木に登らなくては。

 その次に本を書こう。



 手前は今日起きた不思議な出来事を胸に、夕焼けに向かって走った。




─ ─ ─ ─




 霧を抜けると、そこは見慣れた高校の正門だった。


 片腕にはずっしりと重みのある本。

 片手には光を失ったホオズキの花を握りしめている。



「戻ってこれた…。」



 学校から見える景色は、普段と何も変わらない。

 纏っていた白装束も、着慣れた制服に変わっており、本には口紅で書いたメモが残っていた。


 …あの人も、帰れただろうか。


 以前と違って、記憶は全て残っている。


 明るい夕日に本の表紙をかざせば、達筆で書かれたタイトルと、ホオズキのイラストが目に入った。


 誰もいない学舎は静かで、今までの出来事は全て夢だったのではないかと錯覚しそうになる。



「さて、帰るか。」



 寂しさを紛らわす様にみつきさんの本を見つめると、家に向かって走った。


 空には、積雲が浮かんでいた。

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ほおずきの咲き乱れ道中 光星 @dokokanowaresi

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