第11話 川の主


 目が覚めると、手前はこれまた見慣れぬ空間にいた。

 いや、これは空間ではない…部屋だ。


 たくさんの本棚に入り切らなかった本が、あちこちに散乱している。

 酷く、懐かしいような光景。



「おや、目が覚めたかい?」



 それに続いて聞こえてきた、これまた懐かしい声。

 聞き間違えるはずもない。

 それは、手前にとってかけがえのない存在の声だった。


 ばっと体を勢いよく起こせば、肌にベッタリとついた着物が鬱陶しかった。


 隣には、手前より先に川へと飛び込んだ少女が横たわっている。

 そして目の前には、再会を誓った人が当時の姿のままでそこに座っていた。



「お久しぶりだね、ご近所くん。

あっしのこと、覚えてる?」


「忘れるはずもありません。

ずっと、旅をしながら捜しておりましたとも。」



 当然、会えると信じていた。

 そのために、旅をしながら万事屋を営んだ。

 それが、こうして実を結んだのだろう。


 だが、ここはどこだろう。

 ほおずきの話によれば、川の主が先生であると言う。



「まぁ、落ち着こうじゃないか。

あっしが知り得ることはぜーんぶ教えてあげるよ。

ご近所くんの先生兼のあっしがね!!」



 胸をポンポンと叩く自信に溢れたその態度は、手前のよく知る先生のままだった。


 是非とも、説明して欲しい。



「ん…ゲホッゴホッ…。」


「お、死装束くんも起きたようだね。」



 隣からむせるような声がして、そちらを見ると少女がむくりと起き上がった。



「…ここは…?」


「ここはあっしの部屋さ。

初めまして、あっしはみつき。

死装束くんの隣に座っている人の先生で、さ!」


「お姉ちゃん…。」



 先生の言葉を聞いて、暗い声が少女の口から零れた。


 それを聞いた先生は、よっと短い掛け声をかけてから立ち上がると、そばにあった本棚から一冊の本を取りだし、少女に渡した。



「ま、読書でもして心を落ち着けようじゃないか。

人は冷静になると、案外人生の良さに気づくこともあるよ。

その本はあげるからさ。

家に帰ってからゆっくり読んでよ。」


「でも、私…。」


「さて、話し始めるとしようかね。」



 少女は物言いたげな様子で口を噤んだ。

 相手が話始めようとした時に、話題を逸らすのはいい判断ではないと、悟ったのだろう。


 手前も背筋をピンと伸ばして、話を聞く体勢になった。



「まず聞こうか。

ご近所くん達がいたあの河原にいる人には共通点がある。

それはなんだと思う?」


「確か、生きている者が来られると…。」



 先程のほおずきの言葉を思い出し、口にした。

 その話がきっかけで、この少女のしてしまったことを聞いたのだ。



「うん、それも間違いじゃない。

けど、例外もいるんだ。

現に、君は既に死んでいると言われたが、ここにいる。

そうだろう?死装束くん。」


「は、はい…。」



 先生はどうやら、この場所についてよく知っているらしい。

 堂々たる物言いが、それを表している。


 一体、いつからここにいるのだろう。

 ここと手前の住む市中は、同じ空の元に動いているのだろうか。


 なんて思いながらも、今は先生の話に耳を傾ける。



「どんな事にも例外は存在するんだ。

それに、生きているからと言って皆が皆ここに来られる訳でもない。

ここに来られるのは、同時にここから帰れる生き物だけなんだよ。

だから、君たちは帰る権利も持ってる。」


「すみません…どういうことですか?

死人が生き返る?

そんなの、大ニュースになって、いい実験材料にされるかもしれないじゃないですか。」



 それはそうだ。

 死人が生き返るなど、到底信じられない。


 そもそも、ここに来た道が分からないのだ。

 帰り方がわかるはずもないだろう。


 だが、先生の言葉はえらく現実味を帯びていた。



「まぁまぁ、落ち着きなって。

だから、その中でも極一部がここに来られるんだよ。

条件としては、死より以前にここへ来たことがある者。

それと、身体の死をまだ気取られていない者。

このふたつを満たしていれば、ここに来られるってわけさ。」



 人を安心させようとする笑顔で、先生はそう言い切った。

 言い切れるということは、前例を見たか、体験したかしたのだろう。


 もし後者であれば、先生は既に…いや、考えたくも無い。



「みつき…先生は、どうやってそれを知ったのですか?」


「あっ…!」



 手前が聞くまいとしたことを、隣の少女はいとも簡単に問うて見せた。

 聞きたくないような、聞きたいような、どっちつかずの思考に頭を抱える。


 だが、先生は答えは想像以上にあっさりとしたものだった。



「まぁ、経験上ね。」



 どんな経験をしたのかは聞かないでおこう。


 それより、その話が本当であれば、手前は家に帰り、この娘は妹に会うことが出来るはずだ。


 その際には、先生にもついてきていただきたい。


 そんな手前の思考を読んだのか、先生はにこっと微笑んで手前を見据えた。


「残念ながら、あっしはここから出られないんだけどね。」



 その声がどこか悲しげで、けれど先程の説明と矛盾していることに心が揺れた。


 ようやく、再会を果たすことが出来たと言うのに。

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