第8話 衝撃


 霧が出てきた。


 この霧はまったく不思議である。


 予知できないどころか、現れる度に何らかの変化をもたらした。


 そのお陰で先程は退屈しなかった訳だが。



「あの…!」



 次は何が来るのかと緊張が高まった時、聞き覚えのある声に呼び止められた。


 振り返るとそこには、見たことのある服を着た少女が立っていた。


 面影は、かなり残っている。


 だが、なぜそんな格好をしているのか。



「おいおい、どうしたってんだい?

そんな格好して…。」


「やっぱりそうだ…!

あの…ごめんなさい…!!」



 目の前には、白装束に身を包んだが立っていた。


 綺麗にお化粧をしていて、一瞬誰だかわからなかったが、この声、残る面影、間違いなくミツキだろう。



 何に対して謝っているのか分からない。


 そもそも、今の状況だってイマイチ理解できていない。



「私、中学の頃は頑張ってたんです!!

でも、高校に入ってから友達が出来なくて部活でも居場所がなくて、先生にも努力を認めて貰えなくて…ッ!

それで、私…わた…しッ…!!」


「うん、うん…よく分からないけど一旦落ち着こうか。」



 手前を見た途端に、大粒の涙が彼女の頬を伝った。


 彼女に会ったのが久しく感じるのは、先程の幼いミツキの姿が重なるからだろう。



“ちゅうがく”やら、“こうこう”やら、“ぶかつ”というのがよくわからない。



 少し近付いて、肩に手を置いた。


 ぽんっぽんっと軽く叩くと、しばらくしてからすすり泣く声が消え、ミツキが顔を上げた。



「とりあえず、手前にわかるように説明してくれないか?」



 できるだけ優しく問いかけたつもりであったが、ミツキは未だ静かに涙を流している。


 もう少し待つべきだったろうか。



「ごめんなさい…私、忘れてたんです。

ここに来たのは初めてじゃない…以前にも貴方に会っていたのに、記憶がなくて…。

いつの間にか、あの川を渡る前に帰れてたんです。」


「なるほど…。」



 ということは、先程会ったふたりのミツキは、今目の前にいるミツキの過去の姿。


 だが、初めに会ったミツキと今目の前にいるミツキは大して歳が変わっていないように見える。


 浮かんでは消えていく、まるでシャボン玉のような思考を巡らせてみるが、どれも決定的な回答には繋がらない。



 事実はわかっていても、真実がイマイチわからないのだ。



 そんな時、ミツキの口から信じられない…信じたくない様なひと言が飛び出した。



「私、実は…中学の時…貴方に初めて会った日に、自殺未遂をしたことがあるんです。」


「な、なんだってッ!?」



 静かな河原に、手前の声が酷く大きく響いた。



 それはつまり、切腹に似たようなことをしようとした…という事だろうか。


 聞き慣れない言葉だが、なぜだかなんとなくの意味を理解することができた。



「でも、未遂に終わりました。

多分、その日、貴方に会ったんです。」



 それが、初めに会ったミツキか。


 でも、ミツキの言う事が正しいならば時系列が合わない。



 見た目から判断するに、“ちゅうがく”のミツキより“こうこう”のミツキの方が年上だろう。


 それはさておき、なぜ“ちゅうがく”のミツキに出会った後で、幼少のミツキに出会ったのか。



「今年はコロナのせいで、高校生活の開始が遅れて…そしたら、友達作りが困難になって、中学の友達とも中々遊べなくなって…!

私、人とすぐ仲良くなれるタイプじゃないから…!」


「“ころな”というのは、悪人なのか…それはそいつが悪い。

友達は、無理に作らなくてもいいんじゃないかい?

人と仲良くなれる…た、鯛…?」



 よくわからない単語が次々に飛んでくる。


 手前なりの解釈で返してみたが、ミツキの反応は良くなかった。



「人と仲良くなるのが苦手なんです…っ!!

でも、ひとりぼっちは寂しいというか、…だからやっぱり、友達は欲しいんです…。

…それに、妹が…。」



 最後の言葉に反応するように、また彼女の瞳から大粒の涙が溢れた。


 ひっくひっくと喉を鳴らして、目を真っ赤にした様は痛々しい。


 妹…というのは、ミツキ幼少期の話に出てきた子だろう。



 何があったというのだろう。



「先日なんです…本当につい最近。

妹が…ミツキが、行方不明になって…!!」


「みつ…き…?」



 ミツキの口から零れた名前に、一瞬、頭の中が真っ白になった。


 ミツキの妹の名前もミツキと言うのか。


 中々珍しい名付けの仕方だ…。



 なんて、そんなわけが無いのはわかる。



「ぁ…ご、ごめんなさい…!

本当は、“ミツキ”って妹の名前なんです。

以前聞かれた時、咄嗟に出てきたのが妹の名前で…。」



 手前があの状況で名前を聞いたから、咄嗟に偽名を名乗ったというわけか。


 判断としては、中々間違っていないかもしれない。



「みつ…君は、何人妹がいる?

それと、ミツキがまだこれくらいだった頃、どこにいた?」



 手前は、自分の腰元に片手を出して、背の高さを示す。


 あんな小さな子供が、偽名を使うことは無いだろう。


 手前の存在に気が付いていない母親も、その名を呼んでいた。



 目の前の少女は、少し驚いた様子だった。

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