第7話 希望


「その人も、みつきって言うの?」


「そうだよ。」



 自分のお姉ちゃんについて語った手前は、隣で静かに聞いていたミツキの問に答えた。

 手前の人生は、あの少女なしには語れない。

 先生のおかげで、今も希望を持っていられるのだから。



「そっか…お姉ちゃんは先生なんだ。

わたしも、なれるかな。」


「きっとなれるさ。勉強だけじゃない。

小さい子の面倒の見方、お手伝いの仕方、の喜ばせ方とかね。」



 という単語に、嫌な顔をするミツキ。

 きっと、先程のいざこざが原因なのだろう。



「お母さんはね、ミツキが嫌いなの。

妹ができたから、嫌いになっちゃったの。」



 俯いているミツキの声音はとても暗い。

 先生に出会う前の自分が、何となく重なった。



「…ひとり子供が増えたからって、上の子を嫌いになるなんていないよ。」



 今まで何度か旅をした。

 先生に出会うために、冒険譚の万事屋みたいになりたくて。


 物語ほど色のついた話は無かったけれど、それなりに沢山の人達と関わって、沢山の家族に会った。

 家庭環境が複雑な親子でさえ、しっかりと絆で繋がっていた。



「だから、お母さんと話してごらん。

きっと、ミツキが思っているのとは違う答えが返ってくるから。」


「……。」



 手前を見上げるミツキの目は潤んでいた。

 まだ、大きな迷いがあるらしい。



「きっと、お母さんはミツキが大好きなんだな。」


「それは絶対ない!」


「この世に…なんてないよ。

大きくなった時、きっとありがたみがわかるさ。」



 しばらく、ミツキが黙り込んだ。



「……分かったよ、お母さんと話してみる。」



 涙を拭ったミツキは、短い足でトタトタと走っていった。

 その小さな背中を目で追うと、さっきの骸骨が霧の中から現れた。



「…。」


「お母さん…ごめんなさい…!

わたしね、お姉ちゃんだけど、お母さんともっとお話したりしたいの…!

だから、嫌いにならないで…っ!!」



 よく言ったミツキ…!

 手前は胸の前で拳を握りしめた。


 骸骨は、ゆっくりとミツキに近づく。

 ミツキは地面を見つめている。


 また、濃い霧が出てきた。

 …という事は、何かが起こるはずだ。


 目を凝らしてよく見ていると、骸骨の影が人の形へと変わっていった。



「ミツキ…ッ!」



 現れた女性は、ミツキをぎゅっと抱きしめる。

 その行動で、あの女性がミツキの母親なのだと、すぐに察した。


 驚いている様子のミツキ。

 やはり、あの女性はだ。


 どうやら事は、手前の考えていた理想の方向へと進んでくれているらしい。


 ミツキはこの状況が予想外だったのか、先程から直立不動となっている。

 少しして、女性が顔を上げた。



「…嫌いになるわけないじゃない。

ミツキ、お母さんはミツキが大好きだよ。

妹も大好き。嫌いになるわけない。」


「ほんとに…?」


「本当だよ、大っっ好き。

最近はイライラしちゃっててごめんね。

さっきも、これ…。」



 女性が何かを取り出すと、少女は勢いよく抱きついた。


 さっきの花だろうか。

 きっとそうに違いない。



「…わたし、頑張ってお姉ちゃんする。

だから、お母さんも頑張ろうね。」



 ふたりの周りを、暖かい風が包んだ。

 ここにはもう、手前は必要ないだろう。

 ミツキの勇気が、絆を結んだのだ。

 それだけで嬉しい。



 さて、次はどこに行こう。

 今度は川上にでも行くか。


 風もないのに波打っている川を見ながら、今後の行動について考えてみた。


 この川を渡ればほおずきに会えるが、命の危険性もある。


 これ以上川下に行っても何もなさそう…というか、あの親子の雰囲気を壊すような真似はしたくない。

 となれば、やはり川上を目指すのがいちばんの得策と言えるだろう。



「ミツキ…みつき…。」



 その名をブツブツと呟きながら、親子のいる方とは反対側へ足を進めた。


 時折ふと、川の向こうへと視線を飛ばす。


 ここに来たばかりの時に、声のみを聞いたという女性。

 この川に住んでいるのであろう

 今日、最も名を読んだであろう


 そして、不思議な濃い霧。



 改めて、不思議な場所へ来たものだと思う。



「にしても、月明かりのひとつでも無いものかねぇ…。」



 視界が悪い訳では無いけれど、夜の定番と言えば月だろう。

 いや、季節を考えると夕焼けかもしれないが、そこにこだわりがある訳では無い。


 世界はひとつの空で繋がっていると言うが、果たしてここの空も繋がっているのだろうか。


 もしも繋がっていないのだとしたら、手前はここで万事屋の旅をすることになるのだろうか。


 人の悩みを解決に導くのは気持ちがいい。

 だが、それだとには会えない。


 ため息が、自然を装って口から零れた。



 歩いている時ほど暇なものは無い。

 考えてみれば、ここに来てから今まで、忙しなく動いていた。

 こちらが動かない時だって、周りが変化していったのだ。


 暇ほど毒なものもないだろう。


 そんなことを考えながら、しばらく歩き続けた。

 景色が変わることは一向にない。

 そもそも、行っても来ても同じ道、同じ風景が流れるだけなのだ。


 それはまた、更にしばらく続いた。

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