第56話 媚び
「恐るべき力だ」
魔人の復活が近い事は分かり切っていた。
肉体を失ってもなお、その強大な力。
そして今は、その肉体の構築のため魔人は眠りについている。
今が仕掛けるチャンス?
残念ながら、あれが眠っているのは特殊な空間だ。
此方から手出しは出来ない。
仮に仕掛る事が出来たとしても、まず間違いなく返り討ちに会うだろう。
幸いな事に、アレのターゲットは人間だけである。
下手に手出しをしなければ、此方が狙われることはないだろう。
「だが……」
真の力を取り戻した奴は、間違いなく人を根絶やしにしてしまうだろう。
それは人間のやった事を考えれば当然の事だった。
問題はその先だ。
全てが終わった時、奴がそのまま眠りにつくというのならそれでもいい。
だがその矛先が、もしこちらへと向かってきたら?
そうなれば、待っているのは確実な滅びだ。
我の力でもあれには対抗できない。
半分不死に近いこの身も、奴に攻撃され続ければいずれは滅びるだろう。
自らの身を守るのであれば、事前に何か手を打つしかないだろう。
「あの時、奴を始末しなかったのは正解だったな」
人間達の動向は、常に千里眼で探っている。
特にあの男。
滝谷竜也という男の動きは、常に監視していた。
何せ奴はこの世でただ一人、我を単独で倒した人間だからな。
かつてファーレン王家に屈辱的な敗北を喫し、長らく契約を結ばされていたとはいえ、あれは卑劣な手段を取られての事。
だがあの男は違う。
油断していたとはいえ、脆弱な身で見事に我を屠って見せた。
特殊な能力の恩恵とは言えど、それもまた奴の強さだ。
そんな特筆すべき存在であったが故、我が巣に奴が戻ってき時、解放してくれた事に対する感謝と、その功績に敬意を示し殺さずに見逃したのだ。
それが今、我にプラスとなって働きかける
「あの男を手伝うとするか」
人間達の考えた作戦ならば、魔人を再度封印できる可能性は十分にあった。
人間――生命体である事を捨てた魔人に、奴の切り札である永久コンボは通用しないだろうが、新たなる力の強化次第では捻じ伏せる事は決して不可能ではない。
そこに我が力も加われば、勝機は“グン„と上がるだろう。
「それに我ならば、奴の逃亡も阻害することが出来るしな」
魔人は自らの能力で、すでに生命体である事を捨てた存在だ。
だがその根幹には、人間だったころの残痕――知性が残っていた。
だからこそ、人間に騙され封印されたのだ。
我と同じようにな……まあそれはどうでもいい。
奴に人としての知性が残っている以上、もし滝谷竜也が永久コンボで魔人以上の力を手に入れれば、間違いなくあれは逃亡を図るだろう。
瞬間移動で特殊な閉鎖空間へと離脱されれば、もはや誰にも手出しは出来なくなる。
そして奴は自らの脅威が去るまでの短い期間、そこに身を潜めてやり過ごすだろう。
何故なら、人間の寿命は短い。
それは無限の時間を持つ奴にとって、ほんのひと眠り程度の時間だ。
大した障害ではない。
だが我ならば、奴の異空間への転移を阻害する事は可能だ。
完璧に逃げ込まれた後では手が出なくとも、それぐらいなら出来る。
「では行くとするか」
体を起こし、力強く翼を羽ばたかせる。
突風が巻き起こり、周囲の木々が吹き飛ぶ。
我の体は一瞬で上空近くにまで舞い上がり、そのまま西――ファーレン王国の首都に向かって飛翔する。
「っと、このままの姿では攻めて来たと誤解されてしまうな」
これから協力を申し出るのだ。
相手を威圧しない友好的な形に、姿を変化させる。
――人の姿に。
「これならば大丈夫だろう――いえ、これなら大丈夫ね」
尊大な言葉遣いを直し、人間の雌っぽく振る舞う。
竜にとっては、雄も雌もなく強さが美徳だ。
それがすべてと言ってもいい。
だが人間は違う。
長きに渡って観察し続けた結果、弱弱しい雌を演じた方が雄からの受けがいい。
そう我は結論付けている。
「精々媚びを売るとしましょう」
自身が生き延びるために。
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