第55話 作戦
「竜也さん!」
声に振り替えると、遠くから俺に手を振るリーンの姿が見えた。
彼女の顔を見るのは久しぶりの事だ。
リーンはドレスの裾をつまみ上げ、嬉しそうに此方へと駆け寄ってくる。
だがヒールの靴を履いているせいか、止まり損ねて目の前でずっこけそうになったので俺が咄嗟に受け止めてやった。
「す、すいません。し……じゃなかった、竜也さん」
彼女は今、次期女王としての教育を受けていた。
このファーレン王国の王家の血筋は彼女しか残っていないため、ある程度成長したら彼女が王位を継ぐ事になっている。
今はアイシャさんの父親であるグレン・ベルベットさんが、リーンの後見人を務め。
摂政として国を動かしている状態だ。
「姫様!急に走らないで下さい!」
急にリーンが走ったので、そば付きの女性が慌てて追いかけてきた。
俺はその侍女に見覚えがある。
魔人から逃げるため塔から落下した際、下にいた女性だった。
思いっきり見捨てておいてなんだが、無事で何よりだ。
「ごめんなさい。師匠に会えたのが嬉しくて、つい」
「師匠になってるぞ?」
「あっ!?へへへ」
やってしまったという顔をして、リーンは照れ臭そうに笑う。
次期女王が他人を師匠呼ばわりするのは宜しくない。
そのため、俺の事は名前で呼ぶ事になっている。
「頑張ってるか?」
「うん。分からない事だらけで大変だけど、俺……じゃなかった。私、頑張ってるよ」
リーンが次期女王としての教育を受けだしてもう1月近くたつが、以前の言葉使いががまだまだ抜けきっていなかった。
まあ生まれてから長らく田舎で育ってきたのだ、いきなり変えろと言われても難しいだろう。
「そうか」
「竜也さんも頑張ってる?」
「まあぼちぼちだ」
俺は今、王城に缶詰め状態になっていた。
魔人復活からの最初の三日間は、崩壊した王都から住民を救助するため色々と活動していたのだが、今はテアの元で魔法の練習をしている。
「私!竜也さんなら出来るって信じてるよ!」
「ああ、任せろ。リーンも、この世界も俺が守ってやるよ」
「姫様。次の授業の時間が迫っております」
今のリーンは多忙だ。
立派な女王になる為に、タイトなスケジュールで教育を受けている。
そのため、こうして無駄口を叩く暇もなかった。
ここでこうして顔を合わせたのだって、完全に偶然だ。
「じゃあ、私はこれで」
「ああ、頑張れよ」
リーンは侍女に連れられて去っていく。
後ろ姿だけを見れば、もう立派なレディだ。
まあそう見えるのは、ピンクのドレスを着てるからだろうけど。
「さて、俺も戻るか……」
俺も休憩中だ。
気分転換に外を散歩していたが、もう戻る事にする。
「しかし、世界は俺が守る……か。弟子の前とは言え、我ながらでかい口を叩いたもんだ」
あれから一か月。
魔人による被害は報告されていない。
アイシャさんが言うには、肉体を再生させているのではないかとの事だ。
その考察の核は二つ。
一つは、あの時の奴の姿だ。
俺の前に現れた魔人は、黒い靄の様な姿をしていた。
だが伝承では、きちんと人としての姿をしていたと伝え残っているそうだ。
まあ魔“人”と呼称されている事を考えると、それは当然の事だろう。
ではあの姿は何だったのか?
恐らく長きにわたり封印され続けた事で、肉体が消滅した結果だとアイシャさんは推測している。
俺があいつを見て永久コンボが効かないかもと感じたのも、たぶん肉体のない魂の状態だったからだろう。
そしてもう一つの根拠は、見つからない大量の死体だ。
崩壊した王都からは、魔人に殺された住民達の遺体は殆ど出ていなかった。
もちろんゼロではない。
だがそれは建物の倒壊などでなくなった人達の物だ。
魔人の強さを考えたら、直接攻撃をされた一般人など粉々に粉砕されてもおかしくはない。
だがそういった欠損の激しい遺体は全く見つかっていなかった。
生き延びた人達の証言では、魔人は大量の触手で人間を絡めとっていた姿が目撃されている。
彼らも必死に逃げまどっている最中だったので吸収される所までは確認できている者はいなかったが、アイリーンの時の様に吸収されてしまったと考えるのが妥当だろう。
「復活のために30万人も食らうとか」
大ぐらいもいい所だ。
「でも、それは決して無駄な犠牲にはなりません」
「うぉっ!?テアいたのか?」
考え事をしていたので気づかなかったが、いつの間にかテアが俺のすぐ後ろを歩いていた。
いきなり声をかけられたらびっくりするわ。
「世界を救おうっていう英雄が、隙だらけですよ」
「英雄ねぇ」
各国との話し合いでは、残念ながら効果的な手段は見つかっていない。
そこで出た結論が、魔人が肉体を得るなら、一か八か永久コンボを叩き込むという無茶な作戦だった。
本当に一か八かもいい所。
とんでもない博打案だ。
しかも勝率0の。
言っちゃなんだが、あの化け物――肉体を得たら更なるパワーアップが予想される――に攻撃を加えるなんて無理げー過ぎる。
完全に自殺と言っていい。
だがそんな自殺案を、勝算のある作戦に変えてくれたのがテアだった。
流石天才少女は違う。
「魔人が肉体を取り戻すまでに、魔法を覚えられる自信がないんだけどなぁ……」
彼女の考えた作戦を端的に説明するなら、大陸全体降雨作戦だ。
そのために、俺は今魔法を必死になって習得しようと頑張っている。
俺が覚えようとしている魔法はコールレインという、天候を操る魔法で。
それを使って雨を降らせるのが作戦の肝だった。
テアが言うには、革袋の水飛沫でスキルが発動するなら、きっと降らせた雨でもスキルは発動するとの事だ。
使ってみるまで絶対とは言えないが、俺もたぶんそれで行けると思っている。
「大丈夫ですよ。そのために天才の私がつきっきりで魔法を教えているんですから」
この作戦は二段構えになっている。
その一段階目は、雨で魔人に永久コンボをかける事だ。
まあこれの成功率は恐らく低い。
魔法で生み出した雨に反応して、バリアなりなんなりで防がれてしまう可能性は高いだろう。
上手くいったらめっけもの程度に考えている。
メインは二段階目の方だ。
それは大陸全体に住む人間全てに、永久コンボを叩き込む事にある。
魔人は確かに強い。
それも桁違いに。
だがいくら強くとも、大陸中の人間を使った超コンボ倍率による強化を受けた俺ならば、結構いい勝負をする事は出来るはずだ。
作戦決行時には、この大陸中の人間が建物の外に出る手筈も整っている。
そのための各国の協力だ。
そしてその作戦で動きを封じたら、光の玉を使って奴を封印する。
異界竜の脳にあった例のあれだ。
サイズこそかなり小さいが、その純度はかなり高く、あの大きな玉と遜色ない効果を発揮するらしい。
そしてそれを実行するのがリーンの役目だった。
彼女はそれが唯一可能なクラス。
スキルマスターだから。
「そうか、じゃあ気合い入れていくか!」
俺は両手で頬を張る。
コールレインの習得が魔人復活より遅れれば、それだけ被害は増す。
そして奴が王都を攻撃した時の様に派手に人間を殺しまくれば、作戦の要である超倍率が下がる事になる。
そうなれば作戦の成功率は大幅に下がる事になるだろう。
つまり、これは時間との勝負だ。
完全に俺しだいの。
責任重大なんで、胃が痛いことこの上なし。
まあこの作戦は自分が生き延びるための物でもあるから、頑張るしかないんだけどな。
ま、そもそも魔人に永久コンボが効かなければ根底から覆されてしまう訳だが……
そこは考えない様にしよう。
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