第52話 決壊

「ここは通さ――」


相手が言葉を言い終わるより早く、手刀を叩き込んで黙らせる。

脳内のカウントが26に進む。

進行方向にいる兵士達に、手あたり次第永久コンボをかけた結果だ。


今の俺は3,6倍状態。

仮にアイリーンが何か企んでいたとしても、今の俺の能力なら何も心配する必要はないだろう。


「貴様!」


「邪魔!」


塔の頂上。

豪奢な扉の前に、三人の兵士が立っていた。

俺はそいつらを素早く黙らせ――29――扉を勢いよくあけ放つ。


「なんだ、この部屋は?」


そこは幾何学模様を床壁問わずに描かれた空間だった。

部屋の中央には巨大な光る玉が浮いており、その横にはアイリーンが立っている。

彼女はその玉に手を突き、憎々し気に俺を睨みつけた。


「ここは結界の間よ。そしてこの玉は、結界を支える心臓」


「結界?」


「この王都を守る結界。そして……魔人を封じる結界でもあるわ」


ハッタリかとも思ったが、アイリーンの表情は真剣そのもので、顔色も酷く悪かった。

追い込まれて、一か八かの賭けに出ている可能性は高い。


全く、とんでもない隠し玉をぶっこんで来たものだ。

まさか国――いや、この世界そのものを人質に取ろうとは……本当にロクでもない女だぜ。


「……」


アイリーンとの距離は10メートル程ある。

能力が大幅に上がっているとはいえ、奴が何かを仕掛ける前に動きを止められるかは微妙だった。


「動けば迷わずこれを破壊するわ」


少しだけ動こうとして、気づかれて警告されてしまう。

話しながら少しでも間合いを詰めるという作戦は、無理そうだ。


「私が国の事を考えてできないと思っているのなら、大間違いよ」


大間違いもないにも、そういう事を平気でやる人間だと最初っから思ってるよ。

永久コンボが強化された俺なら魔人如き……とか言いたい所だが、流石に世界を滅ぼすレベルの魔物と戦って勝てるかと言われれば、たぶん無理だ。


アイリーンを動けなくして「ねぇどんな気持ち!?NDK!NDK!」ってやりたかったが、状況的に諦めるしかないだろう。

ムカつくが、糞女と交渉するしかない様だ。


「アイリーン。俺の目的は二つだ。一つは元の世界に帰る事」


これは大前提だ。


「もう一つはアイシャさん達の開放だ」


出来れば国自体を何とかしてあげたい所だが、それはたぶん通らないだろう。

アイリーンが女王の座を追われる事をよしとするとは思えない。

だがまあ、とりあえず解放だけならなんとかなるはず。


「その条件を飲むむなら、お前には手出しはせず俺は元居た世界に帰る」


「……悪くない案ね」


俺の条件を聞いて、アイリーンが嫌らしくにやりと笑う。

まあ破滅確定の状況から、破格の好条件提示だからな。

乗らない理由はないだろう。


「……でも無理ね。だって異世界人を元の世界に帰す事は出来ないもの」


「は?」


こいつ、今帰せないと言ったのか?

死者を蘇らせる事は出来る癖に、異世界から呼んだものを返せないとかありえないだろ?


「正確に言うなら……今は、だけどね。あんたが異界竜を逃がしたせいよ。呼び出すより戻す方が遥かに多くの力を使うの。異界竜の協力なしじゃ、とてもじゃないけどあんたを元に戻すエネルギー分の生贄を確保できないわ」


「……」


異界竜か……厄介だな。

俺が元の世界に帰るには、あいつも抑えなきゃならない訳か。

だがそんな事よりも、問題なのは今アイリーンが言った生贄という言葉だ。


帰還するのに生贄が必要になる。


その事が頭からすっかり抜け落ちていた。

呼ぶのに必要なら、そりゃ帰すのにも必要になるよな。

少し考えれば分かる事だってのに、俺はそのことを考えもしなかった。


いや違うな。


あえて考えないようにしていたんだ。

異世界だから都合のいい方法があるに違いないと期待して。


「一つ、聞いていいか?」


「何よ」


始めてあった日の事を思い出す。

俺達9人を――正確には36人だが――を呼び出すのに、確か1000人の命を使ったとアイリーンは言っていたはず。


単純に36で割ったとして、一人を呼び出すのに30人弱は必要だったという事になる。

そしてより多くのエネルギーが必要と言っていた事から、帰還にはそれ以上の数が必要になるだろう。


「異界竜はともかく、生贄なしで帰る方法はないのか?」


俺は自分が生き残るためなら、他人を殺す事も厭わない。

だが、元の世界に“帰る”ためだけに何十人もの人間を死なせるのは流石に……


「無理ね。生贄は絶対に必要よ」


「……」


アイリーンの無常な返答。

俺はその答に押し黙るしかなかった。


「心配しなくても、貴方一人なら100人位だから。ちゃんと私が用意してあげるわ。もちろん異界竜さえ捕獲できればの話ではあるけどね」


100人……


100人殺して元の世界に帰るか。

それとも諦めてこの世界に残るか……か。


「帰還はもういい。とにかく、アイシャさん達を解放しろ。そうすれば俺は素直にここから出ていってやる」


ま、考えるまでもないな。

帰りたいとは思うが、罪もない人間を100人死なせてまでする事ではない。

それに、アイシャさん達も放っておけないしな。


アイリーンには王としての強権があり、クラスメート達も付いている――今は死んでいるが、間違いなく復活させるだろう。

しかも魔人の封印の要も抑えていると来ているのだ。

ここで生き延びても、アイシャさん達が逆転する要素は皆無に等しい。


彼女達には世話になった借りもある。

だったら恩義を返すためにも、俺は彼女達の力になろう。


本当はここでアイリーンを殺すのが一番なのだが、流石にそれはリスクが高すぎる。


「解放は構わないわ。でも、貴方には私のために働いてもらう」


「は?ふざけんなよ?」


アイリーンが調子に乗って条件を突き付けてきた。

それを聞いてイラっとする。

こっちは最大の条件を放棄する羽目になったっていうのに……どこまでもふざけた奴だ。


「魔人の復活が近づいてるのよ。あんたには、再封印の手伝いをして貰うわ」


「魔人はハッタリじゃなかったのか……」


この状況で嘘をつく意味はない。

つまり、本当に魔人の復活は近いという事だ。

ここでアイリーンを見逃しても、魔人が自力で復活してしまっては意味がない。

これに関しては、協力せざる得ない様だ。


「……いいだろう。魔人の事は――」


その時、足元に衝撃が走る。

ドォンと、まるで下から突き上げられた様な感覚。

一瞬地震かとも思ったが、その一回で揺れはぴたりと止まる。


チラリとアイリーンを見ると、彼女は光る玉に必死にしがみついていた。


ちっ……今の揺れで転倒しててくれれば、ありがたかったんだがな――そうすれば奇襲をかけれた。

世の中そう甘くはない様だ。


「あ、ああ……そんな!?」


突如アイリーンが悲鳴を上げて、しがみ付いて玉から離れた。

その目は見開かれ、絶望した様な表情になっている。


「――っ!?」


俺は彼女が何を見ているのかに気付き、思わず息をのむ。

見ると、光る玉に小さな亀裂が走っていた。

それはさっきまでなかったものだ。

そしてその部分から玉が黒く変色していき、更に亀裂はどんどんと広がっていく。


ドォンという轟音と共に、再び足元が揺れた。


それがなんなのか……この状況なら流石に俺でもわかる。


復活したのだ。


魔人が。

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