第53話 切腹

地鳴りが続き。

下から突き上げてくるよう衝撃が何度も走る。

結界の核がここにあったという事は、この真下に魔人が封じられていた可能性が高い。


つまり、魔人は――


「くっ!?」


一際大きな揺れが襲う。

次いで耳を貫く爆発音が響く。

中央付近――アイリーンの足元付近の床が弾け飛び、何かが飛び出してきた。


「きゃあ!?」


アイリーンは床の爆発に吹き飛ばされる。

だがその体を、黒い何かが絡めとった。


「これが……魔人」


そこにいたのは人型の黒い影だった。

実態があるのかないのかよく分からない、靄の様なその姿。

アイリーンを捕らえたのは、触手の様に長く伸びたその腕の部分だ。


その姿を見た瞬間。背筋に寒気が走りゾッとする。


これは……ダメだ……


戦っても勝てない。

それどころか戦いにもならない。

それが本能的に理解できる。


胸元をチラリと見ると、シーは蕾の状態に戻ってしまっていた。

中でぶるぶると震えているのが分かる。

Sランクモンスターである彼女が恐怖の余り戦いを放棄する……それ程までに、相手は恐ろしい化け物だという事だ。


「ギャアアアアアアァァァァ!!イタイイタイイタイイダイィ!!!」


アイリーンが狂った様に叫び出す。

よく見ると、巻き付いた触手と彼女の体との境目がなくなっている事に気付く。


体内に侵入。

もしくは浸食されている様な感じだ。

アイリーンの様子から見ても、このまま放っておけば間違いなく彼女は命を落とす事になるだろう。


「……」


だが俺は動かない。

クラスメート達を蘇生させるには、アイリーンが必要だ。

しかし今下手に動いたら、俺は確実に死ぬ事になる。

それが本能的にわかってしまう以上、奴を見捨てざる得なかった。


自分の命といけ好かないクラスメート達の命など、天秤にかけるまでもないからな。


「あがぁぁぁあああ!だ……だずげでぇ!!」


アイリーンがもがき苦しみ、助けを求め俺に手を伸ばす。


魔人には目の様な物がないため、どこを見ているかわからない。

もし俺がロックオンされているのなら、もう片方の手でとっくに攻撃されている事だろう。

だが攻撃されていないなという事は、取るに足りない相手と判断されているという事だ。


そのため、アイリーンの行動は俺にとって百害あって一利なしだった。

相手の意識がこちらに向くのは宜しくない


余計な刺激を与える様な事はせず、そのまま黙って死んでくれ。

心の底からそう願う。


俺はアイリーンの懇願を無視しつつ、魔人を刺激しない様にゆっくりと後ずさりを始める。


「おね……がっ!ああああああぁぁぁぁぁぁぁ……あ……ぁ……」


壁際付近まで下がった所で、アイリーンの叫びが止まる。

彼女の体は黒く変色し、びくびくとその体は痙攣していた。


「――っ!?」


ぐったりと垂れていたその首が急に起き上がり、俺をまっすぐに見る。

その眼下には眼球などなく、黒い靄が満たされていた。


――――攻撃が来る!


本能的に察知した俺は、勢いをつけて壁に体当たりをして吹き飛ばす。

体はそのまま勢いよく塔の外――宙に飛び出した。


「このまま落下して走って――」


落下するはずの体が空中でぴたりと止まる。

見ると、俺の足首に触手が巻き付いていた。


「ぐっ!つっ……」


掴まれた部分に痛みが走る。

焼けるような痛みだ。

俺はそれに堪え、触手に向かって全力で剣を振るう。


「くそっ!」


不安定な体勢とは言え、4倍近いパワーの斬撃が容易く弾かれてしまう。

今の俺の力でも、魔人には掠り傷一つ付けられない。


「がぁぁ……」


触手が俺の足の内部を浸食しながら、這い上ってきた。

股間の辺りまで上がってきた痛みで、思わず失禁する。


不味い……このままだと残機ごと俺は殺されてしまう。


やるしか……ない!


俺は剣を逆手に持って振りかぶり、その刃を腹部の辺りに全力で叩きつけた。

腹に入った刃はそのまま背骨と内臓を断ち切り、俺の上半身と下半身を二つに分かつ。


「ぐ……ぅ……」


目の前が真っ白になり、痛みで意識が飛びそうになる。

だがここで意識を失う訳にはいかない。

そうなれば奴の追撃をかわせなくなってしまう。


俺は歯を食いしばり、ダメージ無効を発動させた。


腹部の切断面から下半身が一瞬で生え、痛みが消える。

だが触手に捕まったままの下半身はそのままだった。

切断部分の再生は初めてなので知らなかったが、どうやら切れた部分はそのままの様だ。


「追ってこない?」


触手は切り捨てた下半身を掴んだまま、塔の中に戻っていく。。

長さが足りないのか?

それとも俺が死んだと判断したのか?


後者なら有難いのだが。


「とにかく」


塔から落下した俺は足から地面に着地する。


「つぅぅ……」


着地の衝撃で足に痛みが走った。

塔の高さは30メートル程ある。

本来なら骨折物だろうが、痛い程度で済んだのはコンボボーナスのお陰だ。


「ひっ!誰!?」


たまたま建物から顔を出していた女性が、上から落ちてきた俺を見て悲鳴を上げる。

「ここは危険だから逃げるんだ」と声をかけたが、相手は固まったまま動こうとしない。


まあ、いきなり現れた不審人物に警告されても反応できる訳もないか。


一瞬迷ったが、俺はその女性を見捨ててその場から駆け出した。

この城には何十人――いや、下手をしたら何百人もの人間がいる。

それを逐一助けていたのでは、俺の命が危うくなってしまう。


俺は正義の味方ではない

悪いが見殺しにさせてもらう。


「っと、そういやライラさん達はどうなったんだ?」


無事に逃げ出しただろうか?

ポーチの中に通信機が入っていたが、下半身を切り落とした時に紛失してしまっている――衣類は再生?するが、それ以外の装備品などはダメージ無効では修復されない。


戻れば落ちているかもしれないが――


轟音が響く。

振り返ると、塔が崩壊していくのが見えた。

どうやら諦めるしかない様だ。


俺は建物の陰に素早く隠れ、崩壊した塔の頂上辺り――宙に浮く魔人をのぞき見する。


「気づかれてないよな?」


突っ込んでこないだろうな?

そんな不安を抱えていたが、それは杞憂に終わる。

奴は、俺とは全く別の方向へと飛んで行ってくれた。


どうやら命拾いした様だ。


「戻ってこない事を祈るしかないな」


城にはアイシャさん達が捕らえられている。

いつ奴が戻ってくるかもしれないこんな場所からはさっさとおさらばしたい気分だったが、彼女を放っておく訳にもいかない。


俺は慌て発生した異常に慌てふためく兵士達を永久コンボで固め、その居所を聞き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る