第17話 スキルマスター

「なんですって!異界竜が!?」


調査隊から齎された報告に、思わず玉座から立ち上がる。

信じられない話だった。

異界竜は古の契約によって縛られている。

それを破り死の山から飛び立つなどありえない――あってはならない事だった。


「それは間違いないのね?」


心中穏やかではなかったが一呼吸して玉座へと腰を下ろし、念押し確認する。


「死の山が崩壊し、ドラゴンが飛び立った姿を兵士達が目撃しております。間違いないかと」


その報告に嘘はないだろう。

異界竜と私との繋がりが切れている事が何よりの証拠だ。

そこに異なる考えを挟む余地はなかった。


「アイリーン様。異界竜は此処に攻めて来るのでは?」


宰相が怯えた様に聞いて来る。

ほぼ血筋だけで宰相の座に就いた無能な男だ。

自分で考えると言う事を知らない。


「ないわ。此処には結界が張ってあるのは貴方もしってるでしょう?異界竜は決して近づいてこない筈よ」


むしろ此処へ来てくれた方が有難いくらいだ。

それなら結界を利用して再び縛る事も出来た。

だが異界竜も馬鹿では無いので、決して寄っては来ないだろう。


「そ、そうですか。それは良かった」


答えを聞いて、宰相は安堵の表情になる。

私はその顔にイラっとして、再び玉座から立ち上がった。


「良い訳ないでしょ!?9人!いえ、8人しか召喚できてないのよ!」


魔人の封印に辿り付くには、あまりにも少ない人数だ。

せめて今の倍は欲しい。

だが肝心要の異界竜が居なくなったとなれば、その召喚に必要となる生贄が跳ね上がってしまう。


最初の8人の召喚の為に、1000人からの生贄を異界竜へと捧げている。

これは一見多い様に思える数だが、実際はかなり少ない方だ。

もし異界竜による特殊な力の変換が無ければ、其の20倍――いえ、30倍以上の生贄が必要となっていた筈。


そしてもう異界竜はいない。

次の召喚には最低でも、3万からの人間の命を使う必要が出て来る。


「このままじゃ、次の召喚はもう絶望的よ!」


最初の1000人を工面するのだって大変だった。

幾ら王として強権を持っていたとしても、大量の人間を生贄として用意するのはそう容易い事ではない。

ましてやそれを周囲の国に知られずとなれば猶更だ。


「この際、魔人の事を公開されていかがでしょうか?」


現状、魔人の事は一切公開していない。

当然その対策の為の異世界召喚もだ。

もし周囲に知られれば、他国からの強い介入は免れないだろう。


何故なら、魔人は世界共通の敵だからだ。

このファーレン王国だけで対処すると言っても聞きはしないだろう。

何せ対処の失敗は、世界の崩壊を意味するのだから。


「何を馬鹿な事を言ってるの!?そんな事をすれば国が滅茶苦茶にされるわよ!」


世界を守るため力を一つにと言えば聞こえはいいが、他国の軍事力を自国――しかも首都に引き入れるのは余りにもリスクが高かった。

いつその刃が魔人から此方へ向けられるか分かった物では無い。

何とか周囲に知られずに全てを終わらせなければ、この国はお終いだ。


「随分と荒れてるな?」


急に謁見室への扉が開き、そこに一人の男が姿を現す。

それは勇者のクラスについている転移者、明神みょうじん隆明たかあきだった。


「明神様!?お帰りになられたのですか?」


転移者達は今、ダンジョンに潜っている筈だった。

目的は魔物を狩ってのレベル上げだ。

もうそろそろ帰って来る頃だと思ってはいたが、帰還の報をまだ受けていなかったので本気で驚いてしまった。


「ああ、さっき戻ってきた所だ。アイリーンに会いたかったから、急いで此処へやって来たのさ」


ちゃんと先に報告しなさいよ。

そう心の中で思いはしたが、勿論口にはしなかった。

召喚時に精神誘導の魔法をかけているとはいえ、本気で怒らせると解けてしまわないとも限らないからだ。

まあ余程の事がない限り大丈夫だとは思うが、念の為相手の心情を逆なでする事は避けておく。


「それより、何かあったのか?」


「お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました。どうかお気になさらないでください」


「そうか?まあ困った事があったら、いつでも俺に相談してくれよ」


「お気遣いありがとうございます。もし本当に困った事があったら、真っ先に明神様にご相談い致します」


「おう!どんとこいだ!あ、そうだ。これ」


明神はポケットのズボンから見事なサイズの宝玉を取り出した。

魔力の籠った高純度のそれは、恐らくダンジョンの魔物を倒して手に入れた物だろう。


「アイリーンへのプレゼントさ。受け取ってくれ」


そう言うと彼は私にウィンクを飛ばす。

この男は何かにつけて、私の事を必死に口説いて来る。

だが残念ながら私は12歳以下の美少年にしか興味がないので、今まではのらりくらりとそのアプローチを躱して来ていた。


だが……覚悟を決める時が来たのかもしれない。


戦力が足りず。

追加人員も見込めない。

ならば私自身が戦うしかないだろう。


「まあ、ありがとうございます」


私はそれを大げさに喜ぶ振りをして受け取り、彼の頬へと口付けを落とす。


「おお!?ひょっとして遂に俺に惚れた?」


私はスキルマスターというクラスに付いている。

これはファーレン王家の血筋のみが受け継ぐ特殊なクラスだ。

このクラスは、他者からスキルを習得する事が出来る強力な特殊能力を持っていた。

異界竜を縛っていた契約も、このクラスを利用しての物だ。


他者からスキルを習得する方法は2つ。


一つはラーニング。

習得したいスキルを持つ相手と師弟契約を結び、共に生活を続ける事で相手からスキルを習得する地味な方法だ。


この方法には大きな欠陥があった。

それは習得までに時間がかかってしまう事だ。

しかもスキルの数が多ければ多い程、その時間は増えてしまう――スキルは一つ一つ順番で習得していくため。


もう一つはラヴァー。

ラヴァーはスキルを持つ相手と恋人同士になる事で、相手が習得しているスキルの全てを一瞬で習得する事が出来る方法だ。


便利な習得方法ではあるが、この方法は好きでもない相手と体を重ねる必要があった。

要は恋人ごっこでは駄目という事だ。


「ふふ、さあどうでしょう?」


私は甘ったるい声を出して明神を見つめる。

先ずは彼を落とし――すでに落ちているも同然だが――勇者のスキルを習得させて貰うとしよう。


スキルマスターの習得の良い所は、習得した相手側のスキルも強化出来る点だ。

私が彼と寝れば、その分彼も強くなる。

幸いラヴァーの能力は2股以上もオッケーな上に、性別も関係ない。


戦力増強の為、男女関係なく全ての召喚者達と関係を持つとしよう。

精神誘導の魔法が掛かっているので、それは容易い事だ。

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