第18話 お菓子

「はぁ……成果無しか」


食事処で飯を食い終わり、一言ぼやく。


此処はレンタン。

ファーレン王国南東にある大規模な鉱山都市だ。

此処では各種金属類の資源が大規模に採掘されており、同時に1次加工も行われているため街中には大きな工場がいくつも立っている。


こう言った街では空気が汚れ水が汚染されるイメージがあるが、どの建物の煙突からも黒煙の様な物は殆ど排出されていなかった。

話を聞くと20年ほど前まではかなり公害が酷かったらしいが、近年その手の汚染物を除去する技術――マジックアイテム――が随分と発達したらしく、現在は煙や汚水等は完璧に浄化されているそうだ。


お陰で街は空気が澄み、食堂で出された水も普通に美味かった。


まあそんな事はどうでもいい。

問題はチップなどを使い色々情報収集したにもかかわらず、一切欲しい情報が入って来なかった事だ。

魔人どころか、異世界召喚者の情報すら0だった――召喚されたという情報自体出回っていなかった。


どうやら政府は、魔人や異世界召喚の事を隠蔽している様だ。


「まあ考えてみたら、そうだよなぁ」


魔人が蘇ったらとんでも無い事になる。

それを市民に公表すれば大きな混乱が起きかねないだろう。

対処が出来る見込みなら、政府として事実を伏せるのは当たり前の事だ。


「しかしこの先、どうしたもんか」


俺の目的は3つ。


一つ、アイリーンに報復する事。

勝手に呼び出した癖に、人を無能呼ばわりして竜の住処に叩き込んでくれたのだ。

その借りは倍にして返してやらないと気が済まない。


もう一つは、元の世界に帰る事だ。

ファンタジー世界と言えば聞こえはいいが、手に入れた力を考慮したとしても、どう考えても現代日本より不自由で暮らしずらい。

よって、ここで一生を過ごすと言う選択肢は俺にはなかった。

呼び出せたんなら帰る方法もきっとある筈。


そして三つ目は、同級生たちの精神コントロールを解く事だ。

別に友達という訳ではなかったが、一緒に連れて来られた人間が洗脳されたままというのは寝覚めが悪い。

チャンスがあればその辺りも何とかしてやりたいと思っている。


「他はともかく、あいつの情報は絶対必要だよな」


全ての目的達成のキーは、全てアイリーンにある。

秘匿されているクラスメートの情報は諦めるにしても、あいつの情報だけは可能な限り手に入れておきたい所だ。


「っと、あんま長居するとリーンを待たせちまうか」


俺は席を立って会計を済ます。

食事自体はリーンも一緒に取ったのだが、さっさと喰い終わった彼女は、食事処に寄る途中で見かけた露店にお菓子を買いに行っていた。


まあおやつという奴だ。

俺が飯を喰い終わったら、その露店の近くで合流する事になっている。


「あ!ししょ……じゃなくてお兄ちゃん」


店を出たら、丁度リーンが向かって来るのが見えた。

それに気づいた彼女が手を上げ「師匠」と呼ぼうとするが、途中で言いなおす。

師匠呼びは目立ってしまうので、彼女にはお兄ちゃんと呼ぶように指示している。


言っておくが、俺に特殊な性癖はないぞ。


「なんだ。戻って来たのか?」


「だってお兄ちゃん、遅いんだもん」


「悪い悪い」


ゆっくり食事して、その後にぼんやり考え事。

どうやら自分が思っていた以上に時間を喰ってしまっていた様だ。


「どうでもいいけど、口の周りの食べかす位は落として来いよな」


リーンの口の周りは、クリームの乗った焼き菓子の食べかすでべとべとだった。

まあ子供だからしょうがないと言えばしょうがないのかもしれないが……

俺はハンカチ代わりの布を取り出し、彼女の口元を拭ってやる。


「へへ、お菓子がびっくりするくらい美味しくてつい」


「どんなに美味かろうが、口を拭くのは食った後だろうが」


理由としては無理がある気もするが、まあ余韻に浸ってたと言う事にしておいてやろう。

村に居た頃は殆ど菓子など口にした事がなかったそうだからな。


彼女は子供だが、余りお菓子などは与えられてこなかった。

村が貧しかったと言うのもあるが、理由はそれ以外にもある。

彼女は養子であり、村長の本当の孫ではなかったからだ。


リーンは赤子の時村の傍に捨てられていたそうで、それを見つけた村の夫婦が引き取って彼女を育てている。

だが4年前に流行り病でその夫婦が亡くなり、そんな彼女を村長の息子夫婦が仕方なく引き取った事で、村長の孫という形に納まっている。


そんな経緯であるため、村長達からはあまり子供らしい扱いは受けていなかった様だ。

村長があっさりリーンを手放したのも、血がつながっていなかったからこそだろう。


リーンは酷い扱いをされた訳でもないし、ちゃんと育ててくれたので恩を感じていると言ってはいるが、それを聞いてどうしても釈然としない気持ちになる。

まあ貧しい暮らしの元、望んでもいなかった他人の子に十分な愛情を注げと言うのは無理があるというのは分かるが……


「取り敢えず、例の仕事を受けに役場にいくか」


レンタン近郊には採掘用の地下坑道が無数に存在している。

だがどうやら最近そのいくつかから、土中性の魔物が出て来てしまったらしい。

当然そこは安全のため緊急封鎖されているのだが、そのままだと採掘に色々と影響が出てしてしまう。

その為、街は今大々的に魔物退治の傭兵の募集を行っていた。


俺はそれに参加するつもりだ。


「魔物退治ですか!?俺もお供します!」


「お前は連れて行かないぞ」


「えー」


当然リーンはお留守番だ。

単独の狩ならともかく、大人数での魔物退治に子供なんて連れて行ったら目立ってしょうがない。


「まあそのうち機会があったらレベル上げをさせてやるから、今回は諦めろ」


俺のチートはパワーレベリングに持って来いの能力だ。

暫く一緒に旅する以上、リーンにも強くなって貰った方が便利なので、今度機会があったらレベル上げをしてやるとしよう。


「本当!?絶対だよ!」


「ああ、約束する」


「やったあ!」


子供らしく無邪気にはしゃぐリーン。

初めてあった頃なら、絶対見せなかった姿だろう。

良い傾向だ……多分。


一緒に旅をする以上、ある程度親しくしておいた方が良いのは間違いなかった。

だがいずれは袂を分かつ事になると考えると、余り近づきすぎるのも良くはない。

難しい所だ。


「んじゃ、行くぞ」


「はーい!」


俺はリーンを連れて役場へと向う。

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