第11話 水飛沫

「あれか……」


川べりにへばりつくスライムの姿を確認する。

ここは村から東に数時間の距離にある、森の中の川だ。

カンソン村は此処から農業用水を引いているらしいが、1月ほど前からこの川にスライムが姿を現す様になったらしい。


傭兵を雇って退治しようとしたのは、水路を伝ってスライムが畑へとやって来るのを恐れたからだ。


「でっか……」


思わず呟く。

カンソン村の村長は人間サイズと言っていたが、どう見てもそれよりずっと大きい。

明かに大型の熊ぐらいはありそうな体積をしている。

あれだけデカくてしかもかなり素早いのなら、雇った6人の傭兵が返り討ちにあったのも頷ける。


因みに、周囲には傭兵達の遺体や遺品の類は残っていない。

スライムは取り込んだ物を全て溶かしてしまう性質を持ち、それは金属すらも溶解してしまう様だ。


インバイルドを使ってはいるが、ダメージを無効にするだけで抜け出せるわけではない。

捕まったら一巻の終わりなので、気を付けなければならないだろう。


「師匠!お手並み拝見します!」


リーンが大声で叫ぶ。

一瞬ギョッとなってスライム達の方を見るが、反応はしていない。

良かった……


「リーン。結構距離があるとはいえ、相手にバレるかもしれないから小声で頼む」


「す、すいません……」


普段なら何やってんだこのクソガキと思う所だったが、俺の服を掴む彼女の手は震えていた。

なんだかんだ言って怖いのだ。

大声は緊張からくる物だろう。

流石にそれを強く怒る気にはなれなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「えっ!付いて来る!?」


「はい!俺!少しでも早く強くなりたいんです」


リーンとはラーニングのスキルでの契約を結んでいる。


共に生活する事。

訓練を施す事。

そしてスキルの仕様や戦いを見せる事。


これがラーニングによるスキルの取得条件になっている。

特に戦いを見せるのが一番効果的らしく、リーンは俺のスライム退治について来ると言い出した。


「いやいやいや、危ないから!死ぬかもしれないから!!」


当然俺は反対する。

早く覚えたいという気持ちは分かるが、いくら何でも危険すぎるからだ


「俺!師匠を信じてます!」


そう言って彼女は俺の目を真っすぐに見つめる。

何を持って信じているのかは分からないが、子供の純粋な目で見つめられると弱い。

こういう時、毅然とした態度を取れないのもボッチの原因なのかもしれない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


で、結局連れて来てしまった。


「いいか、ここから絶対に動くなよ」


そう念押しして、俺は岩や木の影を利用して大きく回り込む。

この場で石を投げると、外した場合リーンが戦いに巻き込まれてやばい事になってしまうからだ。


「よし」


俺は足元の石を拾い上げて狙いを定める。

かなり距離があるので、きっちり狙わないと外れてしまうだろう。

だが――


「っ!?」


その瞬間、スライムが突如動き出した。

2匹が真っすぐ此方へと突っ込んで来る。

とんでもないスピードだ。

ひょっとして、殺気にでも反応したのだろうか。


「不味い!?」


此方へと突っ込んで来る2匹よりも、別の方向に動いた1匹の方が問題だった。

そいつはどうやって見つけたのかは知らないが、真っすぐにリーンへと向かっていく。


俺は石を投げるのを中断して、リーンの居る方へと駆けた。

木の枝がバサバサと体に当たるが気にしていられない。

へし折りながら真っすぐに突き進む。


「リーン!」


「し、師匠!!」


ギリギリセーフだ。

恐怖で固まって動けなかった彼女を抱き上げ、大きくジャンプして木の枝に飛び乗った。

直後、先程迄リーンの居た辺りをスライムが通過する。


「ちっ!リーン口を閉じてろ!舌を噛むぞ!」


追ってきた2体が飛び跳ねる。

俺はそれを飛んで躱して森から川辺へ飛び出た。

さっきの様に枝を無視して動けば、リーンが傷だらけになってしまうからだ。


「喰らえ!」


俺はポケットから事前に詰めてあった石を拾い、スライムへと投げつける。

だがその一撃をスライムは大きく変形して躱す。


「めんどくせぇな!」


俺は突っ込んできたスライムを躱し、連続して石を投げる。

だがその全てを、スライム自分の体の形を変える事で器用に躱してしまう。

想像以上に厄介だ。


「くそっ!」


攻撃を躱して川に飛び込んだ所で、三方から囲まれてしまう。

誘導されてしまっていた様だ。

間抜けな見た目の癖に、どうやら知能はかなり高いらしい。


さっき迄の突進とは裏腹に、今度は獲物をじっくり追い詰めるかの様にスライム達がゆっくり間合いを詰めて来る。


やばい。

やばすぎる。

何とかしなければ、このままじゃ……


だが飛び道具は全く当たってくれない。

もっと引き付ければ当たるかもしれないが、この囲まれている状態では3匹同時はどう考えても無理だった。


「師匠!水です!」


その時、それまで俺の腕の中で震えてしがみついていたリーンが声を張り上げた。


「水!?」


水?

水が何だって言うんだ?


「水を使って攻撃するんです!」


その言葉でハッとなる。

攻撃は当たりさえすれば何でもいい。

そう、それは水鉄砲でも水しぶきでもだ。


スライム達が一斉に俺に飛び掛かる。

俺は左手を川に漬け、そしてぐるりとその場で素早く一周する。


「やった!やったぞ!」


水しぶきが盛大に上がり、その飛沫を受けたスライム達の動きが一斉に止まる。

石は躱せても、細かい水しぶきは躱せなかった様だ。

まあそもそも攻撃とすら認識していなかった可能性もある。


「リーン助かったよ。お前のお陰だ」


そう言ってリーンを川に下ろしてから剣を抜く。

彼女の機転は正に大金星だった。


「へへへ」


リーンは照れ臭そうに笑う。

まあそもそも彼女を右手で抱えてさえいなければ、剣を使って普通に戦えていた気もするが、それは黙っておこう。


「はっ」


剣を水平に振ると、スライム達の体が綺麗に上下に分かれる。

技術はないが、問題なく切る事は出来た。

だがまだ奴らは死んではいない。

しぶとい生き物だ。


俺は剣をやたらめったらと振り回し、賽の目状にスライム達をバラバラの刑に処す。

スキルの効果が切れる。

流石にここまで細かく切り刻むと、死ぬようだ。


「さ、帰るか」


「はい!師匠!」


初クエストはひやひや物ながらも、なんとか無事に終わる。

だがこのクエストでの経験は大きな糧になるだろう。

俺は頭の中で、自身のスキルを効率よく発動させる方法を形にしていた。

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