百人連続密室殺人事件

春海水亭

トリックは解けたが、それ以外はどうにもならない

「あああああああああああああ!!!!!!!絶対なる死が襲いかかる!!!!!」

華やかなパーティーは地獄と化した。

複雑怪奇なるカラクリ仕掛けにより、天井が落ちてきたのである。

パーティー参加者は突如として落ちてきた天井を、

空を支える神アトラスの如くに、その両手と頭で支えている。


こういう感じである。

天井天井天井天井天井天井

手頭手 手頭手 手頭手<文字の重み!


天井の上に書かれた地の文の重さが更に参加者を苦しめる。


ごめんね。

天井天井天井天井天井天井

手顔手 手顔手 手顔手<いいよ。


誰かが力を失えば、時間差で次々に圧死していく地獄のパーティー会場。

これが百人連続密室殺人事件のトリックである。


「エライことになりましたね」

少女探偵 名瀬園子妙なぜその こたえはその細腕と細い首で吊り天井の重量をいっぱいに受け止めている。

今はまだ吊り天井の全力の1%の重量に過ぎない、

だが、一人でも脱落すればその重量は雪だるま式に加速していくだろう。

そして、その一人でもの一番最初は、

体力に不利がある名瀬園ではないと誰も言えないのである。

だが、少女探偵は迫りくる重量にだらだらと汗を垂れ流しながらも、

涼しい微笑みを浮かべている。

「ぎゃあああああああああああ!!!死ぬ!!!!死んでしまう!!」

「落ち着いて下さい、世織若よおわかさん」

少女探偵の隣でぎゃあぎゃあと悲鳴を上げ、

全身を震わせながらも決して吊り天井を支える力を緩めないのは刑事の世織若蘭よおわか らんである。

本来ならば華やかなパーティーに参加し、

無料で豪勢な料理を食らえるだけ食らうつもりであった。

薄切りのローストビーフを皿の上に盛りまくり、

ローストビーフの原型を皿の上に完成させるつもりであった。

だが、実際に食らっているのは理不尽なる圧迫攻撃である。


「これがどうして落ち着いていられると言うんだ!」

「じゃあ逆に私が慌ててみましょうか」

「は?」

「あああああああああああああ!!!!!!!ぼぼぼ!!!

 どぼぼ!!どぅぼぼ!!!どぅんぼぼぼぼぼぼ!!!!!」

「慌て方が独特すぎる!わかった俺も落ち着くからお前も落ち着け!」

「はい」

「よし」

「では、落ち着いたところで……どうしましょうか」

あらゆる謎を解き明かした少女探偵名瀬園であるが、

知性に輝く脳細胞は、頭上からの重量に強いというわけではない。

「出口の扉は閉められ、密室の状態です。

 いや、吊り天井の重量は私達全員が支えてぎりぎりの状態なので、

 そもそも誰かが脱出しようと移動すれば、エライことになります」

「パーティーテーブルに天井を支えてもらうとか出来ないか」

「期待はしないほうがいいでしょう、

 犯人がパーティーテーブルのことを考えずに、

 パーティー会場に恐るべき吊り天井トラップを仕掛けたとは思えません」

「なんだと!?」


名瀬園の言葉に怒声で反応を返したのは、

パーティーテーブル職人の創江作つくえ つくるである。

ただでさえ吊り天井の重量で震える身体を、さらに怒りに震わせている。

つまり振動は倍である、これを倍ブレーションと呼ぶのはどうでしょうか。


「パーティーテーブルだけを作って40年……」

「……パーティーテーブル以外は何か作らなかったんですか?」

「カップ麺とか、プラモとか作っとる」

「そうですか」

「そんな儂のパーティーテーブル技術に文句をつけようってか!?」

「いや、そういうつもりでは……」

「この会場のパーティーテーブルは全部儂が作った……儂の子も同然……

 なれば、こんな吊り天井如き、受け止めてくれらァ!」

老いたるパーティーテーブル職人がぷるぷると震えながら、だらだらと汗を流す。

汗が流れる度に、命が少しずつ漏れ出していくような様である。

しかし、にやりと笑って啖呵を切ってみせる。


「……じゃあ緩やかに全員で力を抜いていって、

 パーティーテーブルに吊り天井を支えてもらって大丈夫なんですね」

縋るような目で世織若が創江を見て、媚びるように言った。

「……だといいなぁ、と思っている」

吊り天井の重量を支えることによるものと別種の汗が創江の皮膚をつたった。

「えっ」

「親は子供に過分に期待してしまうからのぉ……」

「…………」

「材料費を削っても、儂の愛情がその分を補った……そう信じているよ」

「パーティーテーブルの下に避難するのは最後の手段にしましょう」

「そうだな」

少女探偵と刑事の頬をつたった汗も、やはり今までの汗とは違うものであった。


「だが、いつまでもこうしてはいられんぞ……」

鍛え上げられた刑事の腕といえども、

このような重量を支え続けていれば――

「ニャーン!」

刑事の腕が悲鳴を上げた。限界は近い。

「ニャーン!」

刑事だけではない、パーティー参加者達の中にも、

腕が悲鳴をあげだした人間が発生している。

「ニャーン」

これはパーティー会場の外で鳴いてる猫。


「……確かに私もそろそろ辛いです」

訓練された刑事でさえ、そうなのである。

いかにあらゆる事件を解決してきた少女探偵といえど、あくまでも14歳の少女。

彼女もまた――


「俺は大丈夫」

ボディビル世界大会優勝者の剛力君は、600kgぐらいまでは結構大丈夫な方。

「そうですか」


みしりと音を立てて、身体が歪んでいくようであった。

誰か一人が死ねば、あとは崩れ落ちるように密室は連続殺人現場に変わるだろう。

そして、その第一の被害者は他でもない少女探偵名瀬園になろうとしている。


「しかし、安心して下さい。この事件の謎は全て解けました」

「謎あるか?」

「犯人はこの中にいます!」

「いるわけねぇだろ!こんな遠隔殺人にうってつけみたいな仕組み作っといて!」

「しかし、それこそが私達の盲点だったのです……

 もしも、この会場に犯人がいたとしたらどう思いますか?」

「信じられない馬鹿だなぁ……って思うけど」

「そうです、だからこそ……私達はこんな恐ろしい仕掛けを作る人物が

 信じられない馬鹿であることを無意識的に考えから外していました」

「待て、じゃあ犯人は信じられない馬鹿だから、この会場にいるってことなのか?」

「そういうことです……」

「えぇ……」

「そして、その犯人は……アナタです!」


腕は天井を支えるために、犯人を指差すことは出来ない。

少女探偵はその長く桃色の舌で犯人を指した。


「1万人連続殺人成功記念パーティー主催者のジャックさん!」

「違います」

「じゃあ隣の人!」

「おい!」

焦る刑事、狂気の笑みを浮かべた少女探偵。

徐々に床に近づきつつある天井。


「総当り方式でやるつもりか……」

「大丈夫です……安心して下さい……犯人はこの中にいるので……」

「それで犯人が名乗り出るわけねぇだろ!」

「アナタが犯人です!」

「聞けって!」

「アッシがやりました……」

「おい!」


恐るべき百人連続密室殺人事件(予定)の犯人――

それは、主催者の隣の隣にいた顔に圧死の刺青を刻んだ男であった。

身を震わせながら、男は滔々と動機を語っていく。


「人間が順番に潰れていったら面白そうなのでついやりました……

 特等席で見たいと思い、自分も死ぬ覚悟を決めました……」

「信じられない馬鹿!!!」

「ですが、アッシも死んではなんの意味も無いですよね……

 次からはアッシの命は無事でなおかつ、相手が死ぬように頑張ります!」

「死ねよ!!」

「世織若さん……犯人と言っても、今は同じ吊り天井を背負う仲間だ……」

「そうだー!!犯人ーー!!」

「一緒に頑張ろうぜーー!!」

「出ていったら俺以外の人間をバシバシ殺そうぜーーッ!!!」

「み、皆……!」

犯人が身体を震わせたのは、顔を赤く染めたのは、頬を濡らしたのは、

吊り天井の重量だけではない。


同じ釜の飯を食うということわざがある。

ならば、同じ吊り天井を支えるということわざがあってもおかしくはない。

救出が来るまで、百人の友情パワーは吊り天井の重量を支えきった。


どれだけ絶望的な状況であっても、そこにあるものは絶望だけではない。

希望の種はどこにだってあるし、どこでだって咲くことは出来るのだ。


吊り天井よりも皆の思いは重い。


【終わり】

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百人連続密室殺人事件 春海水亭 @teasugar3g

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