第23話 ~かなしき愛、いとしき哀~

 蝉の声が聞こえる。


 この森道を進めばアルーナ・ディエスにたどり着く。


 夏の日差しは森の木々の枝葉に遮られ、季節の割に涼しく感じられた。


 少しずつ見慣れた景色になっていくのを、懐かしく、嬉しく感じると共に、不安もまた募っていくサリュナだった。


 ――早く、帰らなきゃ!!早く、早く!!


 急いた気持ちが抑えきれず、気がつくと早足になっている。トーヴァンは何も言わずに着いてきているが、獣人の早足に遅れずに着いてこれるのはさすがと言わざるを得ない。


 ふと、視界が開けた。


 見慣れた街にホッとしたのも束の間、なんだか街の様子が普通ではないことに気付く。


 華やかに飾られた街道沿いの商店。

 どこか浮き立つような街の印象。


 そして。


 街灯には……2つの家紋入りの赤い旗!!!


 恐る恐る家紋を確認する。


 片方は……見慣れない家紋。この辺の家紋ではない気がする。遠方の貴族だろうか?


 そしてもう片方は……見間違いじゃないかと何度見返してみても。


 ――シャリアール公の家紋……


 まさかそんな。


 きっと彼の弟にいい人が見つかっただけよ――


 そう自分に言い聞かせるサリュナの心臓が早鐘を打つ。


 そしてお披露目のパレードが近づいてきて。


 その御輿に乗っている2人を一目見ようと人混みをかき分けパレード見学の最前列に出る。


 ゆっくりと通り過ぎていこうとする御輿には。


 はにかんだ笑みを浮かべる女性と、虚ろな笑みを浮かべるカルハジェルが乗っていた――


 ビュウッ!!


 御輿とすれ違いざまに強い風が吹き、フードが外れてサリュナの顔があらわになる。


 !!


 カルハジェルと、確かに目が合った、けれど――


 彼の目には何も映っていないかのようで。


 また、仮に映っていたとして、自分がサリュナだと伝える術もなく。


 何事も無かったかのように通り過ぎていく。


 ふと、周りの人々の声が聞こえてきた。


 ――一時はどうなる事かと思ったが、これでシャリアール公も安泰だな!


 ――サリュナ様と先代シャリアール公が亡くなられてカルハジェル様もさぞやお辛かったでしょうねえ。幸せになって欲しいもんだよ


 …私と、お義父さまが、亡くなった…?!


 ――でも、サリュナ様って本当に亡くなられたの?行方不明とは聞いていたけれど。


 ――サリュナ様が生きてたとしたら気の毒だよなぁ。でも見つからないんじゃ結局どうしようもないさね。


 サリュナは力なくその場にへたりこんだ。


「そん……な……」


 茫然自失になるサリュナのフードをかけ直してやりながら、トーヴァンが重々しく口を開き。


「サリュナ……」


 だか、かける言葉が見つからず。


「なんで、今日、なの……??」


 あの時傷を負わなければ。

 もっと早く戻っていれば。

 そんな後悔が胸の中に渦巻く。


 そもそも、カルハジェルを信じているのなら、飛び出さずにこの姿のまま、ありのままを見てもらっていたら良かった!!


 自分を責めるのと同時に、


 あの時、竪琴の弦が切れさえしなければ!!


 !!


 トーヴァンを責めてしまいそうになり、ハッとして振り返る。


 トーヴァンは、なんとも言えない表情でただサリュナの手を引き、宿の食堂の落ち着けそうな席に連れていった。


「間に合わなくて、済まない。僕のせいだ。」


 頼んだお茶をサリュナに勧めながら、謝るトーヴァンに、


「いいえ、貴方のせいじゃないわ。分かってる。もし早く戻れたとして、この姿で出ていってカルハジェルの再婚を阻止できたとは限らないもの。分かってる……そう、分かってる、のに!!!」


 サリュナの瞳から流れ落ちる一筋の雫。

 それは少しずつかさを増していき。


「それでも貴方を責めてしまいたくなるの!! トーヴァンのせいじゃない、誰のせいでもないのに!! ごめんなさい!! ごめんなさい…!!」


 泣きながら謝り続けるサリュナの姿は痛々しくて。


「いいんだサリュナ。全部僕のせいにしていいから。」


 優しく抱きしめる。


 トーヴァンの胸の中でひとしきり泣きじゃくるサリュナ。


 しばらくそのままそうしていたのだが、泣き疲れたのかウトウトしだしたサリュナを椅子から抱え上げ、トーヴァンは食堂に行くついでに押さえた宿の部屋へと向かう。


 ベットにサリュナを寝かせ、


「ゆっくり休んで。」


 そっと囁く。


 そしてサリュナの寝顔を見ながら、とある重大な決断をするのだった――

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