第15話 ~月狼砦と呪術師①~ザルドローグ滞在初日

 翌朝。長旅の疲れが出てぐっすり眠れたのはいいが、少々寝すぎたようだ。


 迎えに来ると言っていたレイも例に漏れず寝坊したようで、3人が集まった時には若干日が高い。


 慌てて砦へ向かうと、ギリギリお昼前に到着。入口の警備兵が声をかけてくる。


「ここはザルドローグ評議会議事堂、月狼砦ウルブズ・フォートである!要件はここで聞くことになっている。さあ話せ。」


 どうやら受付も兼ねているようだ。レイが手短に要件を伝えると、


「ふむ、評議会議員デューク=ジェリオ様への面会か……しばし待て。」


 そう言うと、砦の中へなにか合図をした。すると、砦から1人の役人が出てきた。


「皆様、ようこそ月狼砦ウルブズ・フォートへ。わたくし、議員への面会希望者担当の、ハルザと申します。以後お見知り置きを。」


 そう言って優雅に一礼し、


「ご説明と所定の手続きがございますので、どうぞこちらに!」


 一行を砦の入口近い個室に案内し、こう続ける。


「まず、こちらの書類に必要事項をご記入の上、提出して下さい。その後書類審査の上、問題ない、と判断されましたら評議員に面会許可がおります。」


「わかりました!」


「なお、評議員との面会は最速で6日後、面会時間は最大1時間、となっております。」


「ギリギリだな…。」


「なお、書類審査には1日かかります。許可がおりればその5日後の…今空いてますのは夕方ですね。今からだと6日後の夕方に面会、という形になりますが、よろしいですか?」


「はい、構いません」


「ではこちらが必要書類になります。私は部屋の外におりますので、ご記入終わりましたらお呼びください。」


 ハルザが退出するのを見届けて、3人は書類に目を通す。


 目を通しつつ、トーヴァンが必要事項を埋めていく。


 ふと、トーヴァンの手が止まる。


「面会の目的、か。正直に書いた方がいいかな?」


「うーん、そうですねえ。呪術絡みとなると事前準備も必要かもしれませんし……正直に書いた方が良さそうですう。」


「OK! じゃあそうするよ。」


 5枚に及んだ申請書を全て書き終えたトーヴァンはハルザを呼び、抜けや不備がないか確認してもらう。


「はい、大変結構でございます。ではこちらは審査に回しますね。翌朝また月狼砦こちらをお訪ねください。」


 ハルザに促されて砦から出ると、3人は眩しさに目を細めた。オアシスの彼方に沈みゆく夕陽がとても綺麗で、思わず見蕩れる。


 砂漠の夕焼けを存分に堪能し、作戦会議を兼ねた夕食を取りに中央区の料理屋へと向かった。


 ◇◇◇◇


「ひとまず第1段階突破、かな。」


 頼んだ麦酒エールを一口あおり、トーヴァンがホッと一息つく。


「審査、通るといいけど……。」


 サリュナは不安を隠せない様子でトーヴァンの方を見つめる。


「きっと大丈夫、何とかなるさ。」


 干し肉をつまみながらトーヴァンが答える。


「ほうでふよ! ほんなことより、おりょうりさめちゃいまふう!! おいひいうちに、はやくたべないと!!」


 既に小魚のフリットをこれでもかと頬張ったレイの主張に釣られるように空腹感がサリュナを襲う。


「そう、だといいわね……! さ、食べましょ」


 しばし互いに無言で食事を楽しみ、サリュナが頼んだトリップの煮込みが残り少なくなった頃。


「そういえば、前から疑問だったんだけど、獣人さんってみんなお肉大丈夫なの? この間羊の獣人さんがお肉食べててビックリしたのよね。」


「あー、それはですね、獣人の見た目は色んな動物ですけど、獣人としてはすべて同一種なんです。味覚は肉食寄りの雑食で、生肉も大丈夫ですし、野菜も食べられます。見た目も遺伝というわけではないので、例えばライオンの獣人さんから必ずしもライオンの獣人の子が生まれるとも限らないんですよー。」


『へえー』


 サリュナとトーヴァンの声が見事に重なる。


「それは知らなかったな」


 また新しい知見を得たトーヴァンは嬉しそうだ。


「というか、それを言うならサリュナさんだって……」


「えっ?」


「もしかして、獣人になってから1度も鏡、見てない、とか?いやまさかー」


 そう言って笑おうとしたレイだが。


「……」


 サリュナの引き攣った顔を見て慌てた。


「あっ、ごめんなさい、そうなんですね!!見てないのかあ。勿体ないなあ。美人さんなのにー」


「うん……見てしまったら、何かが壊れてしまう気がして……ごめんね」


「謝らなくていいんですよー、こちらこそ無神経なこと言ってすみませんー」


「ううん、いいのよ。少し風に当たってくるわ。その後は今日はもう休みましょ。」


「わかりましたー」


「OK、気をつけて!」


 ――独りオアシスの湖畔で風を感じる。


「私、どんな顔なのかしら……」


 気になりはする。けれど――


 時間はただ、静かに過ぎていく。


 オアシスの湖面を覗き込む勇気は…まだ、ない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る