第11話 ~君想い、君待てど~カルハジェルの苦悩

 時を少し遡ること、数週間。

 サリュナ達がクレイニースから出港しようとしていたその頃――


 シャリアール公居城、森湖古城フォレス・シャトーの一室で、部屋の主は下僕の報告を待っていた。


「サリュナは……サリュナは、まだ見つからないのか?!」


 カルハジェルは苛立ちを抑えきれず、つい声を荒らげる。


「申し上げます。ただいま全力で捜索しておりますが、あの日以来、奥方様を見た者がこの近隣にも全くおらず……捜索は難航しております」


「目撃者が、だと?!そんな馬鹿な……」


 サリュナは隣町リンクルの領主、クラハドール公の娘であるが、幼い頃からクラハドール公についてよくこの街に来ては領民達と共に一緒に遊んだものだ。まして婚礼の当日には簡単ながらお披露目のパレードもあったのだ。いくらなんでも顔を知らないなどというものは少ないはず。


 それでもなお、見たものが全くいないとは、一体どういう事なのか。


「わかった、今日のところは下がれ。しっかり休んで明日も捜索を頼む。」


「御意!」


 下僕は主に敬礼し、部屋を出ていった。


 すると、入れ替わりにシャリアール公夫人エリルが部屋にやってきた。


「母上、ご機嫌麗しゅう。どうかされましたか?」


「サリュナは、まだ見つからないのですか?」


 長い睫毛から覗くエメラルドの瞳が物憂げに問う。


「ええ、全力で捜させてはいるのですが…手がかりすら掴めません」


 エリルはため息をついて顔を伏せた。


「……こんなことを言いたくはないのだけど、ひょっとしたらもうこの世にはいないのかも……」


「母上!!!」


「ごめんなさい、私だって彼女には生きていて欲しいと思うわ。けれど、これだけ探してなんの手がかりがないとなると……。

 あなたの父上の体調もあまり芳しくないし、1日も早くあなたに跡目を継いでもらわなくては……その為にはあなたの伴侶が必要不可欠なのよ。」


「分かっています……」


「もしお父様に何かあったら……。その時までにサリュナが戻らなければ……その時は、覚悟なさい」


 カルハジェルの顔が青ざめる。


「まさか……サリュナを諦めろとおっしゃるのですか?!」


「安心なさい、すぐに諦めろとは言いません。けれど、万が一お父様に何かあった時、それまでにサリュナが戻らなかったなら、あなたには別の女性と結婚してもらいます。」


「なんですって??!」


「はぁ…せめてナルネアが生きていてくれたら新しいお嫁さんにぴったりなのに。」


 ナルネア。それはカルハジェルとサリュナの幼なじみにして親友の名だ。


 もちろん婚礼の招待客だった。ところが、式の数日前に体調を崩してしまい参加出来ない旨の連絡が届き、残念に思っていたのだが。

 婚礼の日から1週間がすぎた頃に、訃報が届いたのだった。


「…その話はもう辞めてくださいませんか。」


 カルハジェルの静かな怒りに気付いたのか、気づかないのか。エリルは肩を竦め、


「忘れないでちょうだい、あなたはこの家の跡継ぎだということを」


 そう言い残して去っていった。


 やり場のない怒りと苛立ちと悲しみ。

 いっその事あの時そのまま狂ってしまえたらどんなに良かったろう。


 ――サリュナ……君は一体どこへ消えたんだい?


 窓から見える2つの月はただ、静かにカルハジェルの端正な横顔を照らす。


 ――早く、1日も早く、戻ってきておくれ!!


 カルハジェルの切なる祈りは、しんとした夜の森に溶けていった――

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