第10話 ~洋上の邂逅~隠し身の案内人

 エルトリア大陸を離れて、早、数週間。

 船は未だ洋上、陸地は影ほども見えない。


「分かってはいたけど、結構かかるのね」


 最初の頃は初めての船旅にはしゃいでいたサリュナだが、さすがにこれだけ長いこと続く水平線は見飽きてきたのか、ここ数日は船室で大人しくしている。


「遠いからね、アルドローグは。まだ数週間はかかるさ」


「……」


 アルドローグまでどれくらいかかるのか、もちろん事前に聞いていたけれど。こうも何も無い日々があと数週間続くと思うとげんなりしてしまう。


「ちょっと船内を探検してこようかな!」


 我ながらちょっと子供っぽいな、と自分自身に苦笑しつつ、暇潰しに船内をうろつくことにする。


「気をつけて。なんかあったらすぐ近くの船員を呼ぶんだよ!」


 トーヴァンの言葉が終わるか終わらないかのうちに、サリュナは船室を出てあちこち回り始めた。


 探検と言っても、もうどこも何度も見回っている。

 特に目新しいものなどないはず、なのだが……。


 どこをどう歩いたのか、いつもとは様子の違う場所に出た。


 たくさんの木箱が積んであるところを見ると…ここは船倉だろうか。


 人気ひとけの無いそこはなんだか不気味で、心細さと好奇心を同時に煽っていく。


 結局好奇心が勝って木箱の合間を奥へ奥へと進み……

 なにかずた袋のようなものに躓く。


「きゃっ!!」

「痛っ!!」


 ?!?!


 ずた袋がしゃべった?!


 ――よくよく見るとそれはずた袋ではなく、粗末な貫頭衣に身を包んだ獣人だった。


 港街での恐怖が蘇りかけて硬直するも、


「ひいいい、見逃してくださいいい!! 故郷に帰りたかっただけなんですううう」


 サリュナ以上に怯えているこの獣人は、声からして女性のようだった。


「えーっと、密航者?」

「ううう、そうですうう、見逃してくださいいい」

「別に私は貴女を捕まえに来た訳ではないわ」

「確かに船員さんには見えませんねえ。お願いです、通報もしないでくださいい!」

「しないわ、約束する。」

「ありがとうございますう!!」

「ところで、あなたの故郷ってザルドローグ?」

「そうですう」

「私たち、これからザルドローグに行きたいの。良かったら私たちの部屋でどんな所か聞かせてくれない?」

「貴女は…なるほど、紛い者…ってごめんなさい、きっと事情がおありなんですねえ。でも、私が船室に行ったら、迷惑になりませんか?」

「大丈夫!! 私が何とかするから!!」

「あ、ありがとうございますううう!!」


 できるだけ船員の目につかぬよう、2人は船室に戻った。


「おかえり、おや?そちらの方は?」

 いつもの柔らかい声が迎えてくれる。

「船内を探検してたら、お会いしたの。そういえばお名前は?」

「レイ=シュナ、と申しますう」

 レイはぺこり、とお辞儀をしてみせた。

「レイさん、初めまして!」

 トーヴァンはいつもの柔らかい笑みでそれに応じる。

「こちらのレイさんザルドローグご出身だそうで、色々お話聞けたらいいかな、と思って。」

「それはいい! 僕もアルドローグ出身とはいえ、ザルドローグには行ったことがなくてね……。色々ご教授いただけるとありがたい。」


 3人はお互いの経緯を打ち明けあった。


 レイが言うには、ザルドローグは閉じた国だという。獣人の、獣人による、獣人の為の国。いかにアルドローグが獣人の多い地とはいえ、人間の差別対象になる。


 故に、ザルドローグは人間の国との国交を絶ってきた。


 そんなザルドローグの排他的な空気に嫌気がさしたレイは、外の世界を見るべく各地を渡り歩き、遂には大陸をも渡ったが、そこは獣人に馴染みのない土地。迫害され、なんとか港街まで戻ってきたは良いが路銀が尽きて密航する他なかったのだという。


「それで、君は人間を嫌いになってザルドローグに帰るのかい?」


 ふと、トーヴァンがそんなことをきく。


「いいえ、そんなことはありません! エルトリアでは酷い目にあったけど……アルドローグではそこまで酷くはなかったですし。ただ、もう世界を満足するまで見て回ったんですう。そしたら急に故郷が恋しくなって。」


 レイはそう言って、てへへ、と笑った。


 そこへ、サリュナがおもむろに口を開く。


「ねえ、提案なんだけど……レイさんにザルドローグまでの道案内を頼めないかしら? なんか私みたいな紛い者はふつうの獣人の皆さんには嫌われているようだし……さっきの話の通りならトーヴァンだって何を言われるか。レイさんがいてくれたらきっと心強いと思うのだけど。」


 トーヴァンは暫し考える素振りをみせ、


「確かに、その方がいいかもしれないね。僕らだけだと最悪門前払いされかねない。レイさんが良ければ、頼めるかい?」


「構いませんよお! 私を通報するどころか、わざわざ客室に入れてくださって感謝してるんですう。どうせ私もザルドローグに帰るつもりでしたし。」


「わあ! 嬉しい!! 決まり!! これからよろしくね!!」

「レイさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますうう!!」


 かくして旅の道連れがまた1人増えたのだった。

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