第5話 ~宿屋にて~最初の目的地

 かくして日はとっぷり暮れ、サリュナはトーヴァンが身を寄せる宿の一室で久しぶりに寛いでいた。


 新進気鋭の売れっ子なのか、トーヴァンはやたら羽振りが良かった。もしかしたら貴族の道楽なのもしれない。そもそも詩人に明るくない彼女には、もとよりどちらとも判別がつかないのだけれど。


 彼は宿屋の主人に話をつけ、サリュナの部屋をも取ってくれた上、併設の酒場の料理を部屋に運んでくれるよう給仕に頼んでくれていた。


 お陰で奇異の目に晒されるのは宿への出入りだけで済む。


 そもそも何処の宿でも客のプライベートを詮索しないという暗黙の掟のもと主人はサリュナを一瞥し、やや眉をひそめたが、それだけ。いつも通りの業務に戻っていく。


 お陰でこうしてゆっくり部屋でくつろげる上、柔らかいベッドで眠ることが出来るのが何より嬉しかった。


 快適すぎてうたた寝しそうになったその時。


 コン、コン


 部屋のドアをノックする音。

 誰かは鋭敏になった聴覚によりすぐに分かった。


「入って」


 サリュナが促す。

 ゆっくりと戸を開け、トーヴァンが顔を出す。


「よく僕と分かったね」

「うん、足音で。」

「そうか、意外と便利なんだね。」


 2人の口調はいつの間にか自然に砕けていた。


 と、慌ててこう続ける

「ごめん、君にとっては辛いことなのに茶化したりして…。」


「ううん、大丈夫。」


「そうか、すまない。」


 心底申し訳なさそうなトーヴァンを見ていると和む。


「さて、早速情報収集してきたから聞いてくれるかな?」


「うん。」


「OK、じゃあ始めるよ。君が獣人化したのがもし何かの呪いなら、専門家に話を聞くのがいいと思う。酒場の連中に呪術師や占い師が集まる場所がないか聞いてみたんだけど、おあつらえ向きなばしょがあるんだって!これを見てくれないか。」


 そう言うとトーヴァンは1枚の羊皮紙を取りだした。

 テーブルに置かれたそれはエルトリア大陸の地図だ。


 よく見ると地図には青い印と、赤い印がついていた。


「いいかい、今僕らがいるのが青い印のここ、アルーナ・ディエス。で、目的地はここ、赤い印だ。ここから南西のファルエスト。君も知っているとは思うけど、学術都市として有名なところさ。ここに、知る人ぞ知る高名な呪術師ギルドがあるらしいんだ。ただ、ギルドの正確な場所やメンバーは謎に包まれていて、半ば都市伝説になっているらしいけれど、僕はかける価値があると思う。」


「なぜそう思うの?」

 正直都市伝説レベルの話にかけるのはどうなのか、という言外の疑問に、


「まず、1つ目。君から聞いた状況によると、君たちにかけられた呪いはかなり特殊なものだと思われるから。僕は素人だけど、詩人だからね。各地の伝承や英雄譚なんかには詳しい自信がある。それらに呪術の話は出てくるけれど、一度に2人にかけるなんて聞いたことがないんだ。出来るとしたらきっと高度な呪術だと思う。だとしたらかなり高位の専門家にお願いしないと。」


 サリュナは頭から血の気が引くのを感じた。

 自分が思っていたより事態は深刻なのかもしれない。


「そして2つ目。そのギルドのメンバーは好奇心旺盛らしいってこと。もし君にかかってるのが強力で特殊な呪術だとしたら、きっとその呪力を彼らは感知するはず。そうしたら上手くすれば彼らの方から協力を申し出てくれるかもしれない。知的好奇心をくすぐられて、ね。」


「…もしもダメだったら、なんて考えてる暇があったら動いた方が良さそうね。分かったわ、かけましょう。」


「OK、決まりだね!じゃあ明日は早いから今のうちにしっかり休んで。おやすみ。」


 そう言うとトーヴァンは来た時と同じようにそっと戸を閉め、自分の部屋へと帰っていった。


 改めて自分が置かれた状況におののきつつ、サリュナは寝心地の良いベットに滑り込むと、泥のような眠りにつくのだった。

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