(9)「蔓」Ⅳ

 まず、一人目が殺された。

 理由は簡単。一番声が大きく、五月蝿かったからだ。

 だから彼は喉を潰され、しかる後に頭部を切断された。


 二人目は、身体が大きく目立つという理由だけで殺された。


 三人目からは、ランダムで殺されるようになった。


 どうやら「彼ら」に必要なのは、最後まで殺されること無く生き残った一人だけで。

 後は全部、間引く為に用意された補填者に過ぎなかったようだ。


 ──何て、酷い。

 これが、人間の行いだと言うのか。


 今まで「わたし」は、観察者の眼の持ち主として、人の死の全てを見て来たつもりでいた。だから今更、何が行われようと動じることは無い、と。そう、思い込んでいた。

 でも、今、「わたし」は。

 目を背けたくなる程の悲惨な現実を前に、激しい感情の揺れを感じている。そう、自覚できる程に「わたし」は動揺している。


 そうだ。今まで「わたし」が見て来た「死」とは、どれも「わたし」とは直接関係の無い他人のものばかりだった。

 だけど、今見ている死は身近な死だ──それも未来死ではなく、現在進行中の死なんだ。

 だから前者と後者では、同じ「死」でも本質的には異なっている。

 少なくとも「わたし」にとっては、見知らぬ国の何千人かが死ぬよりも、今現在起きている子供達一人一人の死の方が重いし、辛い。それはエゴなのかも知れないけど、「わたし」はそれで構わないと思っている。


 殺人者は、白衣を纏った数人の男達。

 かつて「わたし」を観察していた彼らは今、「わたし」によって逆に観察される立場に在る。

 そうであるにも拘らず、彼らは無節操な殺戮を止めようとはしない。

 子供達一人一人を散々嬲った挙句、容赦の無い一撃で次々と彼らの命を奪っていく。

 そして「わたし」はどうすることもできず、その様子をただ見ていることしかできないで居る。


 そんなのはいつものことだ。

 ──そんなのはもう、耐えられない。


 胸の奥底から湧き上がって来る、黒い衝動。

 全身の血管が沸騰している。理性が、ある種の感情に焼き殺されていく。

 そうだ「わたし」は、この感情の正体を知っている。

 初めから知っていたのに、気付いていない振りをして来ただけなのだ。


 それは敵意。

 それは憎悪。

 それは殺意。


 最も純粋で、最も素の人間に近い、

 理性という名の鞘から解き放たれた、剥き出しの刃。

 それが、この感情の正体だ。


「……殺してやる」


 もしもそれ以上子供達を殺すと言うのなら。

 今度は「わたし」が、お前達を殺し尽くしてやる。


「………」


 見えたのは時間にして僅か十分足らずで、

 そのたった十分間が、「わたし」に殺害を決意させていた。

 ──急ごう。目的地は近い。

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