(10)???

 男達の顔には、焦りの色が浮かび始めていた。

 目の前で仲間を殺されたというのに、子供達が微塵の「変化」も見せずに居た為である。

 勿論、表面上は動揺しているし、泣き叫んでもいる。

 だが、それだけなのだ。やはり彼らには何の「変化」も見出せない。

 それは、今まで男達が必死になって成し遂げようとして来た、携帯人間計画の破綻を意味していた。

 ──所詮、人間的感情の欠落した人間に、人間以上の人間は創り出せないということだ。

 だが、男達がその事実に気付くことは、恐らくこの先も無いのだろう。故に、愚かな過ちを繰り返す。人は人を超えられない。無意識の内にそのことを悟っているにも拘らず、必死になってそれを否定しようとする為だ。

 結果、彼らは己が身を滅ぼすことになる。

 ──彼らが図らずも目覚めさせてしまった、純白の死神と。

 ──その死神を追ってここに訪れるであろう、破壊の女神。

 ──そして。運命を見通す眼を持ち、それ故に誰よりも死に近い場所に居る観察者。

 彼らの命は、直に尽きる。それはまあ、自業自得なのだから仕方ない。そして、そんな些細なことは、現時点においては問題にもならない。


 問題があるとすれば、それは彼らが用意した子供達だ。

 携帯人間と呼ばれる彼らは、本来系内に存在してはならないはずの人工複製物(クローン)である。本来ならば、生まれた瞬間に運命が粛清するはずのものであった。

 だがしかし、彼らは未だに滅ぼされること無く、こうして存続し続けている。

 これは、何故か?

 ──答えは至極単純だ。予め彼らの元になる人間の赤ん坊を用意しておき、彼らが誕生する瞬間にその人間を殺してしまうのである。そうすることで、彼らは元になった人間達が送るはずだった人生を引き継ぎ、結果として運命による干渉を受けずに済んだのだ。

 もっとも、全員が全員その方法で助かった訳ではないのだが。むしろ助かる方が稀で、彼らの多くは誕生した瞬間に死を受け入れることになった。

 だが運命の干渉をかわし生き残ることのできたほんの一握りの子供達は、ごく一般的な家庭の子供としてすくすくと成長していった。勿論、病気や事故等、様々な要因で年を追う毎にその数は減っていった訳だが。

 それでもなお、生き残ることのできた子供達。その全員が今、この廃屋に集められている。彼らの基礎となった唯一無二の完全体、プロトエンゼルを呼び寄せる為に。


 さて。結果的に、その思惑は叶った訳だが。

 愚かな研究者達は、モノの本質を見極められず、形ばかりに囚われ、子供達とプロトエンゼルの間に構築されていた、目に見えない絆については全く関心を示そうとしなかった。

 それが、そもそもの彼らの間違いだったのだ。携帯人間をヒトとして理解しようとせず、あくまでモノとして扱って来たこと。感情の無い、機械のように捉えていたことが、彼らの犯した過ちの全てだった。

 ──かつて、その間違いに気付いた科学者が居た。彼は完成したばかりのプロトエンゼルに「飛鳥」という名前を与え、まるで自分の娘のように大切に育てた。彼には妻も子供も居なかったので、どこからも何の反発も受けずに済んだ。

 結果、大きく成長を遂げたプロトエンゼルは、今現在大空を自在に飛行している。本来在るべき意思のままに、何者に束縛されることも無く自由に羽ばたいている。

 彼女はヒトを携えるモノである。故に彼女には、この世界の王となる資格がある。

 だが惜しむらくは、彼女自身がそれを望んでいない、という致命的な欠陥を内包している点である。故にこの世界には未だ真の王は現れて居らず、系は未だ混沌の渦中に在る。


「願わくは、何人か生き残るであろう携帯人間の内の誰かが、王になってくれることを祈って──っと」


 結びの文を記した後で、私はふぅ、と息を吐いた。


「なーんてね。多分無理なんだろうけど」


 『日向蔓及びその周囲の環境に関する実態調査』と題された数百枚の紙束を前に、私は大きく伸びをして苦笑する。


「そんな何でもかんでも思い通りにいったら誰も苦労しないっての。全くもう、聖さんてば子供みたいなんだからー」


 あはは、と笑って。

 私はふと、窓の外を見た。

 積もると思っていた雪は、予測していたよりも早く降り止み。

 今宵も月が、その青白い顔を覗かせていた。

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