(8)瑞希Ⅲ

「……『携帯人間』、ですって?」

 あの子が居るという現場に向かう車内で、執事の口より告げられた言葉。それはわたしが今まで耳にしたことの無い、未知の単語だった。

「はい、お嬢様。即ち『ヒトを携えるモノ』──全てを兼ね備えた、欠陥の無い人間。パーフェクト・ヒューマン──お嬢様のように、人間には決して真似ることのできない、超科学的な能力を持つ存在を総じてそう呼んでおります」

「ふうん。それで?」

 正直、その辺の事情には興味が無い。大体わたしは自分のことを「完璧な人間」などと思ったことは一度も無い。なのに勝手にパーフェクト・ヒューマンなんて名前を付けられている……その事実を知ってしまったこと自体、不快でならないと言うのに。

「かつて。その携帯人間を、人為的に製造しようとする計画が在りました」

 執事が続けて放った一言は、更にわたしを不快にさせるものだった。

「……人造人間、ですか」

「はい、お嬢様。全てを兼ね備えた、欠陥の無い人間……そんな人間が本当に居るとすれば、それは神に等しい存在でしょう。しかしながらそんな人間は実際には存在しては居りません。何故なら不完全であることこそが、ヒトをヒトたらしめているのですから。

 お嬢様とてそうでしょう。例えば朝食はパンしか受け付けないとか、良く宿題を忘れそうになったりとか……そう言った些細な欠陥が存在しているからこそ、パーソナリティは形成されるものです。それが全く存在しない、言い換えれば全く無個性な存在。それが真なる携帯人間だとすれば、それは既に人間とは呼べますまい」

「………」

 確かに、それは言えてる。全く欠陥が無いということは、それ以上成長する必要性が無いということでもある。向上の余地の無い人生──それは何て、無意味な代物なのだろう。

「故にヒトは、『それ』を人工的に創る方法を模索し始めました。完全無欠の血、絶対の存在。ヒト以上にヒトたるモノを」

「無理ですね」

「ええ。結論として、ヒトはヒトを超えることはできないと言うことが分かり、携帯人間計画は日の目を見ない内に終了しました」

 わたしの言葉に、執事は肯定を以って応えた。

 ──その事実を、何となく嬉しく感じるわたしが居るのは何故だろう。

「……ですが。結論が出たにも拘らず、なお熱心に研究を続ける者達が居りました。その代表が設楽木大和(しだらき やまと)。即ち、飛鳥様のお父上でございます」

「何、ですって?」

 まさかここで飛鳥の名前が出て来るとは思わなかったが、それ以上に驚いたのが飛鳥の父親の職業だった。あんな一見、どこにでも居るグータラ親父が、研究者だったなんて。

「研究の過程で、彼は一つの完成作を生み出したと聞いています。ですが結局、彼がそれを公開することはありませんでした。恐らく彼は、行き着く先に何があるのか、気付いてしまったのでしょう。ヒトがヒトを超えるという意味、その真の恐ろしさに。

 後年の彼は、お嬢様がご存知の通りの男です。研究職を辞め、民間の企業に再就職するも性分からか長くは続かず……転職を繰り返した挙句、ここ数年は飛鳥お嬢様の協力の下、運送業を営んでいると聞き及んでおります」

「………」

 それは、一人の男性の、波乱に満ちた人生の縮図だった──一言で言ってしまえば転落人生だったが。かつてのエリート研究者が、今ではあの体たらくか。

 ──何となく有川先生に似ていると思ってしまったのは、ここだけの秘密だ。

 こんなこと、飛鳥に言っても信じて貰えないだろうな、と苦笑する。

「幸いなことに設楽木大和の研究以降、目立った功績を挙げた者は居りません。ですが、未だに携帯人間に関する研究を続けている者達が存在しているのは確かです。そしてそう言った者達にとって、喉から手が出る程に欲しがっている物が一つ在ります。それは」

「設楽木大和の研究成果の集大成。つまり、どこかに存在しているはずの、唯一無二の完成作品、ですね」

 溜息混じりのわたしの言葉に、執事は頷きを以って返して来た。

「彼らがそれを見つけたのかどうかは分かりません。

 ただ一週間程前、彼らの一人が設楽木大和に接触したという報告があり──。

 その後、設楽木大和の姿を見た者は居りません」


 わたし達が現在向かっているのは、設楽木大和が最後に目撃されたという、街外れの廃屋だった。恐らく彼はそこで何者かと出逢い、拘束されたのだろうと思われる。

 ──本音を言えば、飛鳥の父親がどうなろうとわたしの知ったことではない。

 問題なのは、彼とあの子の間に少なからず接点がある、ということだ。

 接点。即ちそれは設楽木大和唯一無二の完成作。真なる意味での携帯人間。


「No.000。コードネーム──プロトエンゼル・アスカ」


 わたしが見た、幻視の像。

 炎に包まれるあの子の姿が、もし「それ」によるものだとしたら。

 わたしは「それ」を、破壊しなければならない。

 何故ってやっぱり、横取りされるのは気に喰わないから。

 だって、わたしの方がずっと前からあの子を見て来たんだもの。

 それを後から、根こそぎ奪い去ってしまおうだなんて。

 そんなこと、絶対に認めない。


「認めませんからね、飛鳥さん──!」


 たとえ相手が誰であろうと。

 わたしの邪魔をする者は、徹底的に排除する。

 それがわたし。

 御堂瑞希が知っている、唯一の生き方であるのだから。

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