第24話

 病室というのはどうしても暗い気持ちになる。

 気分が落ち着くのと、気持ちが落ち込むのは全く別のことだ、というようなことをハンド・メルト・マイトは考えていた。


 白く清潔感のある壁。

 決して静かなわけではない。

 ナースが連絡をし、患者が話しをする声。

 廊下からのざわめきがひっきりなしに耳を刺激する。

 そして生体情報モニターが出す、ピッピッピッという規則的なデジタル音。

 気分が落ち込んでいく。


 ハンド・メルト・マイトは個室の病室にいた。


 ようやく集中治療室から移されて見舞いが許されるようになったのだ。


 ベッドにはグッド・ルッキング・アイが寝ている。


 集中治療カプセルは抜け、全身を覆う最新技術によるメディカルスーツになっている。

 生死の境というのは脱したようだ。


 ハンド・メルト・マイトがグッド・ルッキング・アイのベッド脇に立つと、彼女は目を開いた。


「……頭がハート型だね……マイト?」

「寝てるかと思ったぜ。よくわかったな」


 いつもの前髪をかきあげるクセをやろうとしたが、指がパーマの前髪に突き刺さって止まった。


「ボク、目はいいんだ」

「ちょっとしたイメージチェンジってやつだぜ」


 グッド・ルッキング・アイの能力はニードルを撃って操るものだ。

 そのためには、的確な空間把握能力、動体視力が要求される。

 視力はもともと能力として高かったのかもしれないが、彼女は常にそれを鍛え続けていた。


 そのグッド・ルッキング・アイの片目は隠れ、顔の半分は包帯で覆われている。


 スーパーヒーローには現代最高の医学が施されている。

 それでも顔に傷が残るらしい。


 スーパーヒーローである以上、命がけで正義を貫くべき。

 そういった信念がハンド・メルト・マイトの中にはあった。

 しかし頭の中にあった犠牲とは、死と引き換えに勝利をもぎ取るもの。

 後遺症を残したまま戦うことも死ぬこともできず、ただ寝たきりで過ごす。

 そう言った犠牲もまたありうることを考えてなかった。


 自分はいい。

 例えそうなったとしても後悔はしないだろう。

 しかし、他の者にその犠牲を強いるのは酷すぎる。


 目の前のグッド・ルッキング・アイは女だ。

 顔に傷が残ったまま彼女はこれからも生きていかなくてはならない。

 戦った女だ。

 犠牲を厭わず、ハンド・メルト・マイトと同じ精神を持って戦い抜いた女だ。


 グッド・ルッキング・アイは顔の片方が隠れたまま涼やかに笑った。


 かつての、王子と囁かれていた美麗さはない。

 しかしそれに代わって何よりも気高く、強い魂を感じた。


「キング、俺が嫁にもらってやるぜ」

「……」

「何度も言わせんな! 俺はお前がたとえどんな……」


 グッド・ルッキング・アイはしばらく目を伏せてからゆっくりとハンド・メルト・マイトの顔を見て言った。


「ありがとう。でもボク、パートナーがいるんだ」

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