第9話

 神が依代よりしろを求めるように、正義の魂はポーズに宿る。


 見た目はスーパーヒーローとして重要なウェイトを占めるとラック・ザ・リバースマンは信じている。


「ダメよ。こんなんじゃ全然ダメ! いいこと? 初めが一番肝心なの。相手は不安でいっぱいの新人よ。まず叩くならここ! ここで目にものを見せるの」


 何度目かの練習のあと、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが眉を怒らせてて手を叩いた。


 新人メンバーがやってくるという今日。

 それを迎えるためになにか歓迎の出し物をしようということになったのだ。


「鬼コーチですなぁ」

 すでに飽きているザ・パーフェクトが手足の長い人形をいじりながら言った。


「ザッパ、これもスーパーヒーローの戦いだぜ。ダンスは全てに通じる。あらゆる戦いにダンスのリズム感、身体の使い方、それは活きてくるんだぜ」


 ハンド・メルト・マイトがターンを決めて言う。


 ザ・パーフェクトはハンド・メルト・マイトの言葉を煩わしそうに聞き流す。


 言うだけあってザ・パーフェクトの動きはほぼ完璧なのだ。

 もともと彼女は何をやっても器用にこなす。

 教えられた振りは最初に全部覚えたのも彼女だった。

 だが、繰り返すたびに集中が切れるのかどんどん動きが雑になっていく。


 ラック・ザ・リバースマンも負けてはいられず、確認のために同じ振りを繰り返していた。


 全員で振り付けをするというピンキー・ポップル・マジシャン・ガールの提案には、心躍った。


 忙しいチームは毎日のように、時には一日に何度も出動がかかる。

 しかしスタイル・カウント・ファイブは出動のない日がもう何日も続いている。

 超本営に属する以上、勝手に街に出て事件を探し求めるわけにもいかない。

 なにかスーパーヒーローっぽいことを身体が求めていた。


「私、ダンスは苦手で。失敗したらごめんなさい」


 ハート・ビート・バニーが絞り出すように言う。


 普段はおろしている黒髪を結んでまとめているが、長さがあるためか漆黒の冠のようにも見える。


 さっきの練習も止めたのはハート・ビート・バニーの失敗からだった。

 肩を上下させて息も絶え絶えに呼吸を整える。

 その時に八重歯が見え隠れする。


 一見してハート・ビート・バニーは頼りなく見える。

 任務において、能力を使わない彼女の存在は弱点と言うものもいる。

 しかし、それは彼女の能力を知らないから言えるのだ。

 一度目にしてしまえば嫉妬と憧れを抱かずにはいられない。

 戦闘ということにかけては彼女こそがチームで一番の能力といえる。


 彼女が殆ど能力を使わないのは周りのメンバーを信じているからだ。

 だからこそ、彼女がその素晴らしい能力を使わなくてすむように、ラック・ザ・リバースマンは期待に答えるだけの活躍をしたいと思う。


「大丈夫さ。大事なのは熱意。それこそがスーパーヒーローにとって一番さ。結果は二の次だよ」


 ハート・ビート・バニーはそれを聞くと、遠慮がちに礼をした。


「チッチッチッ、結果も大事だぜ。俺がやる以上、無様な真似は見せないぜ」

「でもさ、サプライズって結構微妙だよ。うちはやだね」


 ザ・パーフェクトが座り込んで人形と会話するように言う。


 それを皮切りに続いた練習への集中力が途切れたのか、それぞれ雑談をはじめた。


「自分の歓迎のためにこれだけやってくれるって思ったら感動するはずよ」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが胸を張る。

 彼女はいつも以上に、この歓迎の催しに気合が入っている。


「サプライズには驚く方の力量も必要なんだよ。びっくりさせられてすぐに喜べるなんてできた人間だけ。前にピン子のコスチュームダメにしちゃったことあったでしょ」


 ザ・パーフェクトが気だるそうに言う。

 もう目が半分閉じて眠りにつきそうな感じだ。


「急に何の話? あれはあなたたちがいけないんでしょ。すぐに新しいスーツが支給されたから良かったものの」

「あれ、新しいデザインのが支給されたから喜ばせようと思ったんだけど、その時ピン子が怒り出しちゃって言い出せなかったんだよね。結果的に誰もが悲しみを抱える最悪のサプライズになったよ」


 そう言われてラック・ザ・リバースマンも思い出した。

 あれを初めに言い始めたのは誰だったか。

 スーツが破れたとガッカリさせたあとで新スーツをお披露目するという作戦で、準備している時はとても楽しかった記憶がある。


「味方を欺いたおかげで敵になったってわけだぜ」


 ハンド・メルト・マイトは額を抑えて悩ましげなポーズをとる。

 よくよく考えたら、言い出したのは彼だったような気もする。


「え。何今更? その時言ってくれればいいじゃない」

「すごい怒ってたからね。怒りすぎて地球一周してたもん」


 そう言いながらラック・ザ・リバースマンもあの時の思い出が明確に蘇ってきた。


 特にハート・ビート・バニーの怯えようと言ったらなかった。


「あの短時間で地球一周できるのはピン子ならでわだよ」

「ちょっと待って。怒ってません。全然怒ってなかったし、むしろ嬉しかったから」

「すごい怒ってたよ。バニたんなんてピン子の怒りが収まるまで出動してこなかったからね」

「あれは違います。気持ちが収まるようにお百度踏んでただけです」


 ハート・ビート・バニーが慌てて反論した。

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