第8話

「ピンキーはきれい好きだからね。きっといいお嫁さんになる。このことなら気にしないでいいよ。ボクが後で掃除しておくから」


 グッド・ルッキング・アイが顔はくっつきそうなほどピンキー・ポップル・マジシャン・ガールに近づいて囁いた。


 さすがだな、とハンド・メルト・マイトは感心する。


 ハンド・メルト・マイトは小さな頃から女という女にモテた。

 同世代から親の世代まで、格好いいと言われることに慣れてしまうほど。

 自分の容姿が価値のあるものだと自覚をしてからさらにそれに磨きをかけた。

 その結果、理解しない者やっかむ者も増えた。

 ただ、人に好かれることを突き詰めると、他の者と似たような存在になってしまう。

 格好いいと言われる偶像を真似るだけになってしまっている自分に悩んだ。


 そんな中、ハンド・メルト・マイトは特殊能力に目覚めた。


 物質を変化させる能力。

 不思議な能力だったので、全貌が明らかになったのは超本営に入って調べたあとだった。


 右手で触っている部分の物質の表面を、その時に左手で触っている物質に一時的に変化させる。

 左手でゴムを触っていれば、右手に触れた部分は元が何であろうとゴムになる。

 さっきも、左手で鉄のバーベルを握っていたから滑り止めの粉が鉄に変化した。


 この能力を活かすために、ハンド・メルト・マイトのスーツはいろいろな材質が表面に継ぎ接ぎされたパッチワークのようになっている。

 こんな派手なスーツを着こなせる特殊能力者は他にいないだろう。


 しかし戦闘での使い勝手となると、あまり便利な能力ではない。


 木の棒の表面を鉄に変えることはできるが、蛮人ではないのでそんなもので殴り掛かるような戦いは起きない。


 いつも、上手い具合に能力を使って活躍しようと考えるのだが、なかなかこれと言った活躍は難しい。


 ただ、ハンド・メルト・マイト本人はこの能力を気に入っている。


 他の者とまったく異なる個性的な能力。

 それは自分がスーパーヒーローとして一番になれるということだ。


 過去の戦闘で顔に消えぬ傷を負ったこともあった。

 その傷すらも、今は特別な自分を演出するものとして愛おしく感じている。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールがメンバーが増えるということを愚痴っていた。


 ハンド・メルト・マイトはその話を初めて耳にしたが、おそらく彼女はグッド・ルッキング・アイに相談するふりをして、自分に打ち明けてるのだろう。

 そんな気持ちもわからなくはない。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはチームのリーダーだ。


 ただし、リーダーに向いた性格とは言えない。

 すぐに焦り、ヒステリックを起こす。

 そんな時にこそ、常に冷静沈着なハンド・メルト・マイトが輝く。

 自分を最も活かせる状況、そのためにはリーダーがピンキー・ポップル・マジシャン・ガールであるのは望ましい。


 ハンド・メルト・マイトはグッド・ルッキング・アイのすぐ横の器具にもたれかかって言った。


「それは裏をかかれてるな。おそらくそいつは監査員だぜ」

「現場に一度も出たことのない新人だって。でもうちのチームになんでなの」

「フッ……。愚問だな。以前、新メンバーだと言って監査員が来て解散させられたチームを聞いたことがある。重箱の隅をつつくようなミスを見つけて報告されたらしいぜ」

「本当?」

「あぁ、俺の情報網に誤りはない。隙を見せたらすぐに――」


 ハンド・メルト・マイトは親指を首の前でスライドさせる。


「――そして優秀なやつは他のチームに再編成されるって寸法だぜ」

「そんな、解散なんて絶対にダメよ」

「そいつの名は?」

「たしかサンシャイン・ダイナ」

「ビンゴ! 思ったとおりだぜ」


 ハンド・メルト・マイトは指をパチンと弾く。


「知ってるの?」

「いや、しかし何か気づかないか? サンシャインと監査員……」

「え、そういうことなの!? ダジャレじゃないのそれ?」

「安心しろ。俺だって今のチームに愛着がないわけじゃない。裏の裏をかいてやればいい」


 グッド・ルッキング・アイがベンチプレスに横たわる。

 セットされたバーベルは40kgだ。

 女性にしてはなかなかのウェイトだ。


「マイト、サポート頼めるかい?」


 ハンド・メルト・マイトの二の腕をグッド・ルッキング・アイがそっと触れた。


「あ、あぁ。レディのお呼びとあれば断れないぜ」


 もしもの時に怪我などがないようにハンド・メルト・マイトはグッド・ルッキング・アイの頭の上でそっと手を添える。


 顔の下でグッド・ルッキング・アイは歯を食いしばる。

 力を込めた顔というのは、どこか滑稽になるものだが、グッド・ルッキング・アイに限ってはその顔すら美しかった。


 ゆっくりと下げたバーベルを息を吐きながら持ち上げる。

 顔は赤く染まり、腕に血管が走り、胸ははちきれそうに隆起する。


「皆にはなんて言ったらいいかしら? ……マイト? マイト、聞いてる?」

「は? あ? なんだぜ?」

「みんなには!」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが怒鳴りつけてくる。


「みんながなんだ。ちょっと今、裏をかいてたせいで聞こえなかったぜ」

「もう、みんなにはなんて言ったらいいと思う?」

「あぁ、チームのメンバーか。そうだな……」


 ひときわ大きく息を吐いて、グッド・ルッキング・アイがバーベルをスタンドに載せた。

 しっとりと肌は汗で濡れ、息が荒い。

 そのあえぐような呼吸はどこかエロティックさを感じる。


 しかし、クールな男ハンド・メルト・マイトがエロティックなことを考えているなんて知られるわけにはいかない。


「やっぱり本当のことを打ち明けて……」

「本音を言うなんてダメだぜ」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはこっちを睨みつけて首を傾げる。


 そう、本当の心なんてのは自分だけが知っていればいい。

 クールに見える姿、それがハンド・メルト・マイトの生き様。


 「敵を欺くにはまず味方からってやつだぜ」

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