第7話

 目的のために特化した存在、それはシンプルで美しい。


 トレーニングルームの鏡に映る自分の姿を見ながらハンド・メルト・マイトはそう思った。


 何台ものトレーニングマシーンが並ぶ、この広いトレーニングルームがそうだ。

 超本営にいる特殊能力者の数からしたら、このトレーニングマシーンも決して多くはない。

 しかし人はまばらでトレーニングをしているものなどほとんどいない。

 壁の一面は鏡張りになっており、空間を倍の広さに見せ余計に閑散とした印象を与えてくる。


「ありがたいぜ。騒がしいのは苦手だからな」


 そんなことをつぶやきながらハンド・メルト・マイトは一人でトレーニングマシンをセットをしていた。


 犯罪者と戦う、人の命を守る、そういう組織なら身体を鍛えるのも任務の一環と言えるが、ここは特殊な場所だ。

 現場に出て戦うものはすべて特殊な能力を持ったスーパーヒーロー。

 その中には常識の筋力を超越した力を発揮するものも多い。


 人間がどれほど筋力アップをしようと、結果を左右するようなレベルではない。

 強いものはすでに強く、力のない者も力がない者なりの戦い方を身に着けている。

 だからわざわざ鍛え直そうなどという考えを持つものは少ない。


 中にはラック・ザ・リバースマンのように、死ぬほど鍛えたところで能力を使った瞬間にその努力が無に帰すタイプまでいる。


 超本営の方もそれをわかっているのでトレーニングを強制どころか推奨することもない。

 やりたいものだけがやればいいのだ。


 だからこそ、ハンド・メルト・マイトはここに来ている。


 自分がもっと格好良くなるために。

 トレーニングをすれば身体が引き締まる。

 誰よりも格好良く、クールでいる、それがハンド・メルト・マイトの生き方だからだ。


 ウェイトをセットしたまま、マシーンに座り周囲を伺う。

 ハンド・メルト・マイトの知っている顔は誰もいない。


 見た目に映える筋肉をつけるためのトレーニングは、限界まで重いウェイトでやる必要がある。

 そしてその限界まで追い込んだあとは、疲れ切ってヨレヨレになってしまう。

 そんなヨレヨレの姿を人に見せるのはハンド・メルト・マイトの美学に反する。

 人のいないトレーニングルームはそう言う意味でもうってつけだった。


 ウェイトをセットしている最中に話をしながらピンキー・ポップル・マジシャン・ガールとグッド・ルッキング・アイが入ってきた。


 すぐさまハンド・メルト・マイトはウェイトを軽く設定し直す。

 そのまま勢い良く動かし、やや大きめに音を立てる。


 二人は話に夢中で近くに来てもハンド・メルト・マイトに気がついていない。

 しかたがないので、あえて大きな声でカウントをする。


「99997……99998……99999……10万!」

「あれ? マイト。いたの」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが声をかけてきた。


 その脇でグッド・ルッキング・アイが敬礼のように指を額につける。

 涼やかないい香りが吹き抜けたようだった。


「軽く汗を流していただけだぜ。こんなところで会うなんて奇遇だな。キング」

「あぁ。ボクもトレーニングにね。キミのように力強くやりたいもんだが……ハハッ、女に生まれたのが残念だよ」

「そんなことないぜ。もしお前が男だったら、因縁のライバルになってただろうからな」

「違いないね」


 グッド・ルッキング・アイはそう言ってウィンクをした。


 女性にしては短く刈り込んだ金髪を軽く指でかきあげる。


 決して男勝りというわけではなく、ジェントルな振る舞い。

 彼女のことを王子と呼んでいる女性ファンも多いと聞く。


 ハンド・メルト・マイトは彼女のことが気に入っている。


 常にクールであろうと心がけるのはなかなか難しい。

 努力も必要であるし、感情に負けない強い意志もいる。

 ちんけな虚栄心などでは続けることはできない。

 格好悪い自分が許せないという、その思いが自分を支えている。

 恐らく、グッド・ルッキング・アイもそうだろう。

 勝手に同士のような思いを抱いていた。


「肩が凝るのは僧帽筋だよ。さぁ、腕を上に上げて背中に下ろすようにこう動かして」


 グッド・ルッキング・アイはピンキー・ポップル・マジシャン・ガールにダンベルを渡した。


「別にトレーニングとかいいから」

「キミの能力には筋力は必要ない。だけど戦う時には自分の身体の強度を把握しておいたほうがいい。それに頑張ってる女の子は美しい」

「これ、痩せる?」


 グッド・ルッキング・アイは甘く微笑んだ。


 女性の多くは、グッド・ルッキング・アイのこの甘い笑顔にうっとりしてしまうらしいが、ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは慣れているためか影響がないようだった。


「その通りだぜ。俺も同じことを言おうと思っていた」


 ハンド・メルト・マイトはマシンにもたれかかりながらそう話しかけた。


「なんで急に話に入ってくるの」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが目を細める。


「今の話、俺抜きですすめる気か?」

「はじめから入ってないわよ。だいたいマイトも筋肉関係ないじゃない。どうせどんだけ鍛えても本気を出したバニーにはかなわないし」

「それはどうかな」


 ハンド・メルト・マイトはロージンバッグを握ると、左手についた滑り止めの粉を鉄に変える。

 フッと息を吹きかけると、その鉄粉はキラキラと舞いながら床に広がった。


「熱っ! 熱いぜ!」


 手のひらが急に熱くなり、慌てて太ももの辺りに擦り付ける。


「バカね。鉄って細かくなると発熱するのよ。使い捨てカイロってそういう原理なんだから」

「よく知ってるな。つまり俺が言いたいのはこういうことだぜ」

「どういうことよ。これ、床危ないじゃない。ちゃんと自分で掃除してよね」

「もっとイージーに考えようぜ」

「イージーとかじゃなくて、いやでしょ、そんなのでチームの評価下がったら。誰が見てるかわからないんだよ?」


 グッド・ルッキング・アイを見ると、彼女はハンド・メルト・マイトがこの場をどうクールに切り抜けるか伺っているようだった。


 こんな時こそ度量というものが問われる。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールに対して感情的にやり返すのは簡単だ。

 しかしそんな男がクールに見えるわけがない。


 湧き上がる気持ちを抑えてニヒルに笑う。


「まったく参ったぜ。生きづらい世の中になったもんだ」

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